着想メトロ

アイデアとは、世界の捉え方を再構成することで新たな価値を獲得し、さらにそれを経験によって持続させる、一連のプロセスのこと。

最小作用の原理(8)

 

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概要

  • 静電場に対して最小作用の原理のアイデアを応用することを考える。つまり「ある積分が極小または極大になる」という原理のもとで正しい静電場を導く
  • 変分原理を利用した、試行関数による近似について述べる。ここでファインマンの近似の才が露わになる。彼は近似の鬼である(鬼というのは鬼才という意味)
  • このファインマンの講義を終えるにあたって、彼は生徒に未解決問題を提示する

静電場とポテンシャル

 マクスウェルの方程式\[ \nabla \cdot {\bf E}=\dfrac{\rho}{\varepsilon_{0}} \]は、ある閉曲面からの電場の湧きだしが、その内部にある電荷を真空の誘電率で割ったものに等しいということを意味する。もちろんいま考えているのは静電場だから、電流によって生まれる電場は無視している。いま電荷の空間内での分布状況が既知であるとすれば、それによってできるポテンシャルは\[ \nabla^{2} \phi =-\dfrac{\rho}{\varepsilon_{0}} \]というポワッソンの方程式を満たす。つまりこれが「真のポテンシャル」の満足する方程式であるわけだ。

 この方程式を導出する別の法則がある。すなわち積分\[ U^{*}=\dfrac{\varepsilon_{0}}{2}\int (\nabla \phi)^{2}dV-\int \rho \phi dV \]を最小にするようなものが実際のポテンシャルだというのである。ここで体積積分は空間全体についてとるものとする。以下それを確かめてみよう。

 いままでやってきたのとアイデアはまったく同じである。真のポテンシャルを\( \; \phi^{\dagger} \; \)で表すことにすると、これに小さなずれ\( \; f \; \)を加えたときの、上記積分に現れる一次の変化はゼロとなるはずである。 いま\[ \phi =\phi^{\dagger}+f \]とおけば、まず被積分関数の第一項が\[ (\nabla \phi)^{2}=( \nabla \phi^{\dagger})^{2}+2\nabla \phi^{\dagger}\cdot \nabla f+(\nabla f)^{2} \]となる。このうち一次の変化はもちろん\[ 2\nabla \phi^{\dagger} \cdot \nabla f \]である。一方被積分関数の第二項は\[ \rho \phi = \rho \phi^{\dagger}+\rho f \]で、一次変化はもちろん\( \; \rho f \; \)だ。よって積分値に現れる一次変分全体は結局\[ \delta U^{*}=\int(\varepsilon_{0}\nabla \phi^{\dagger}\cdot \nabla f-\rho f)dV. \]この変分の表式中には、ずれの空間成分に関する微分が含まれているので、これを部分積分によって消去する。なおここでは積分順序の交換可能性を仮定している。まずは内積の部分を展開しよう:\[ \dfrac{\partial \phi^{\dagger}}{\partial x}\dfrac{\partial f}{\partial x}+\dfrac{\partial \phi^{\dagger}}{\partial y}\dfrac{\partial f}{\partial y}+\dfrac{\partial \phi^{\dagger}}{\partial z}\dfrac{\partial f}{\partial z} \]これを前から順番に\( \; x, \; y, \; z \; \)に関して部分積分していくわけだ。すると例えば最初の項に関しては\[ \int \dfrac{\partial \phi^{\dagger}}{\partial x}\dfrac{\partial f}{\partial x}dx=f\dfrac{\partial \phi^{\dagger}}{\partial x}-\int f\dfrac{\partial^{2} \phi^{\dagger}}{\partial x^{2}}dx \]となる。\( \; f \; \)は無限遠でゼロとならなければならない(ずれの端点での値がゼロであったのと同様の理由)ので、定積分の項はゼロである(だから正確にいうと\( \; U^{*} \; \)は、真のポテンシャルと無限遠で同じ値をとるような他のどんなポテンシャルよりも、真のポテンシャルに対して最小になる、ということ)。他の成分に関しても同様のことを行えば\[ \delta U^{*}=\int (-\varepsilon_{0}\nabla^{2}\phi^{\dagger}-\rho)fdV. \]この一次変分が任意の\( \; f \; \)に対してゼロとなるためには、\(\; f \; \)の係数が恒等的にゼロでなければならない:\[ \nabla^{2}\phi^{\dagger}=-\dfrac{\rho}{\varepsilon_{0}}. \]よって我々の「積分値最小の法則」は正しいことがわかった。

 この結果はガウスの発散定理を用いても導ける。まず恒等式\[ \nabla \cdot (f\nabla \phi^{\dagger})=\nabla f \cdot \nabla \phi^{\dagger}+f\nabla^{2}\phi^{\dagger} \]に注意する。つまりナブラ作用素は普通の微分作用素と同様に積の関数の微分法則が適用できるということである。これは各成分について計算すれば簡単に確かめられる。 ゆえに一次変分の表式は\[ \delta U^{*}=\int [ \varepsilon_{0}(\nabla \cdot (f\nabla \phi^{\dagger})-f\nabla^{2}\phi^{\dagger})-\rho f]dV \]となる。ガウスの発散定理によって体積積分を面積積分に置き換えることができて、\[ \int \nabla \cdot (f\nabla \phi^{\dagger})dV=\int f\nabla \phi^{\dagger}\cdot \vec{n}dS\]となる。ここで\( \; \vec{n} \; \)は閉曲面に垂直な外向き法線単位ベクトルである。いま体積積分は空間全体にわたるのだから、対応する右辺の面積分無限遠で行うことになる。無限遠で\( \; f \; \)は恒等的にゼロであるから、結局この値はゼロでなければならない。したがって\[ \int(-\varepsilon_{0}f\nabla^{2}\phi^{\dagger}-\rho f)dV \]が一次変分となる。これはさきほど得られたものと同じなので、この方法でも正しいポテンシャルが得られた。 

ポテンシャルを試行関数で近似する

 この重要な応用例として、事前に電荷分布が知られていない場合がある。上の議論は空間の電荷分布が既に知られている場合であった。ここからはそうではない場合を考える。こういうときに、変分という形で述べられた法則の強みが際立つことをみる。すなわち「試行関数による近似解の構成」である。簡単に言えば、パラメータを含む関数(これはポテンシャルを表現した関数)を適当に設定して、積分値\( \; U^{*} \; \)がなるべく小さくなるようにパラメータを調節するのである。

 さてここに導体があって、その表面に電荷がある仕方で分布しているとしよう。すべての導体のポテンシャルが固定されているのなら、前述の最小原理を応用することができる。このとき体積積分はすべての導体の外側にわたるが、導体表面のポテンシャルはいま固定されているので、そこに加えるずれ\( \; f \; \)は表面で恒等的にゼロでなければならない。すなわち面積積分\[ \int f\nabla \phi^{\dagger}\cdot \vec{n}dS \]は依然ゼロであって、このときは前と同じポテンシャルの満たす方程式が得られる。要するにもともと考えていた積分\( \; U^{*} \; \)は、表面上でのポテンシャルが固定された(つまりすべての試行ポテンシャル\( \; \phi (x, \; y, \; z) \; \)の値が、導体表面上で与えられたポテンシャルに等しくなければならない)導体の外部にわたる体積積分で置き換えても、真のポテンシャルに対して最小値をとることがわかったのである。

 興味深い例として、全電荷が導体表面のみに分布している場合を考える。このとき導体の外部で電荷はゼロなので、積分\( \; U^{*} \; \)は\[ U^{*}=\dfrac{\varepsilon_{0}}{2}\int (\nabla \phi)^{2}dV \]となる。最小原理によれば、全導体表面が与えられたポテンシャルに設定されているとき、導体間のポテンシャルは積分値\( \; U^{*} \; \)が最小になるよううまく調節されることになる。\( \; \nabla \phi \; \)は電場に他ならないから、この積分値は実は静電エネルギーに等しい。ということは、真の電場は、すべての考えられるポテンシャルのグラジエント(つまりナブラ作用素のかかったスカラー関数)から得られる電場の内、エネルギーが最小となるようなものになる。

 こういう考え方が非常に有効であることを示すため、具体的な例を考えてみよう。円筒形をした二つの導体からなるコンデンサーを取り上げる。内側の導体表面のポテンシャルは\( \; V \; \)で、外側のそれはゼロであるとする。また内側の導体半径を\( \; a \; \)、外側のそれを\( \; b \; \)としよう。すると最小原理によって、正しいポテンシャルを選べば積分\( \; U^{*} \; \)は系のエネルギー、すなわち\( \; \dfrac{1}{2}CV^{2} \; \)に等しくなるだろう。つまり最小原理からコンデンサーの容量\( \; C \; \)を計算することができる。ところが間違ったポテンシャルを採用して容量を計算すると、いま\( \; V \; \)は指定されているのだから、それは本当の値より大きくなる。これを逆に考えると、ポテンシャルをうまい具合に近似できれば、よい容量の近似値を得ることができることになる。それはポテンシャルの一次の誤差が、容量における二次の誤差になっているからである。

 いまこの円筒形コンデンサーの容量がわかっていないと仮定しよう。これを求めるために最小原理を応用できる。つまりもっとも小さな容量が得られるまでポテンシャルをいろいろと試していけばよいのだ。試しに一定の電場に対応するポテンシャルを採用してみよう。円筒形コンデンサー内部のポテンシャルは明らかに動径\( \; r \; \)にしか依存しないから、たとえば\[ \dfrac{\partial}{\partial x}\phi (r)=\dfrac{d \phi}{dr}\dfrac{\partial r}{\partial x}=\dfrac{x}{r}\dfrac{d\phi}{dr} \]となるので、\[ \nabla \phi (r)=\dfrac{{\bf r}}{r}\dfrac{d\phi}{dr} \]を得る。これが一定だというのだから、\[ \dfrac{d \phi}{d r}=\mathrm{(con st.)} \]つまりポテンシャルは\( \; r \; \)に線形依存している:\[ \phi(r)=sr+t. \]導体表面でのポテンシャルの条件をこの式に代入すれば\[ \phi(r)=V\left ( 1-\dfrac{r-a}{b-a}\right ) \]を得る(これはもちろん正しくない。正しい電場は\( \; 1/r \; \)に比例して変化する)。このポテンシャルの傾きは\( \; -V/(b-a) \; \)であるから、これを用いて\( \; U^{*} \; \)を計算すれば\[ \dfrac{1}{2}CV^{2}=\dfrac{\varepsilon_{0}}{2}\int_{a}^{b}\dfrac{V^{2}}{(b-a)^{2}}2\pi r dr=\pi V^{2}\dfrac{b+a}{b-a}. \]よってひとつ目の試行関数に対するひとつ目の近似容量は\[ \dfrac{C}{2\pi \varepsilon_{0}}=\dfrac{b+a}{2(b-a)} \]となる。この値は、正解である\( \; C=2\pi \varepsilon_{0}/\ln (b/a) \; \)とは異なるものの、それほど悪くない。\( \; b/a \; \)の値をいろいろに変えて両者を比べてみてほしい。値が大きくなるほど真の容量からの隔たりが大きくなるが、比が小さいうちは良い近似になっていることが確かめられる。

「さてここからは、よりよい近似を得るにはどうしたらよいかを考えていきたいと思います(いまの場合正解はわかっていますが、答えが未知であるような奇怪な曲線に対してでもアプローチの仕方はまったく同様です)。次のステップは未知である真の\( \; \phi \; \)をよりよく近似するポテンシャルを見つけることですが、これにはいろいろの方法が考えられて、例えば定数プラス指数関数のようなものもあり得るでしょう。こういった様々な試行関数のうち、よりよいものを弁別する基準となるのは、最小原理から、そこから得られる容量の値が他のものと比べて小さいかどうかとなります。第二の試行関数として、今度は二次式を採用してみましょう。このとき電場は一定ではなく、\( \; r \; \)に線形依存していることになります。二次式のもっとも一般的な形から出発して、導体表面でのポテンシャル条件を満たすものを求めると、\[ \phi =V\left [1+\alpha \left ( \dfrac{r-a}{b-a} \right )-(1+\alpha)\left ( \dfrac{r-a}{b-a} \right )^{2} \right ] \]となります。\( \; \alpha \; \)は任意の定数です。これは前のと比べると少しだけ複雑な式になっていて、表式中には\( \; r \; \)の線形項に加えて、二次の項もあります。この式から電場を求めるのは簡単で、\[ E=-\dfrac{d\phi}{dr}=-\dfrac{\alpha V}{b-a}+2(1+\alpha)\dfrac{(r-a)V}{(b-a)^{2}} \]が得られます。これを二乗して体積積分しなければなりませんが、ちょっと待ってほしいのです。\( \; \alpha \; \)としてどんな値をもってくればいいのでしょうか。いまポテンシャルの形として放物線を採用したところまではいい。ではどんな放物線を選べばいいのでしょうか。実は\( \; \alpha \; \)は任意のままにしておいて、先に積分を計算してしまうのです:\[ \dfrac{C}{2\pi \varepsilon_{0}}=\dfrac{a}{b-a}\left [ \dfrac{b}{a}\left (\dfrac{\alpha^{2}}{6}+\dfrac{2\alpha}{3}+1 \right )+\dfrac{1}{6}\alpha^{2}+\dfrac{1}{3} \right ]. \]さてここから問題の\( \; \alpha \; \)に値を入れてやりましょう。真の解は私が実行するどんな計算結果よりも小さくなっていることがわかっているのだから、\( \; \alpha \; \)としてどんな値を選んでも、それは真の値より大きくなってしまうでしょう。しかし\( \; \alpha \; \)としてできる限り小さな値を返すものを選べば、他のどんな\( \; \alpha \; \)の値よりそれは真実に近いことになるでしょう。よってこれから私がすることは、容量\( \; C \; \)を最小にする\( \; \alpha \; \)を決定することです。これは普通の解析問題で、結果は\[ \alpha=\dfrac{-2b}{b+a} \]になります。この\( \; \alpha \; \)に対応する容量の値は\[ \dfrac{C}{2\pi \varepsilon_{0}}=\dfrac{b^{2}+4ab+a^{2}}{3(b^{2}-a^{2})} \]です」

「私はいろいろな\( \; b/a \; \)に対してこの近似容量を計算しました。たとえば半径比が2のときは1.444が得られますが、これは真の値1.4423の非常に良い近似になっています。より大きな比に対しても、かなりよい近似の精度を保ってます。これは最初の試行に比べてずっと良い近似になっていることがわかります。半径比が10のときでさえ誤差は10%におさまっている。これは非常に良い。とはいっても、比がこれより大きくなるとだいぶ近似の精度は粗くなってきます。たとえば半径比100だと近似値0.346を得ますが、実際は0.267という具合です。一方比が比較的小さいときは、得られる近似値の精度は素晴らしい。比が1.5のときは真値2.4662に対し近似値2.4667、また比がさらに小さい1.1の場合、真値10.492070に対し近似値10.492065が得られます。これは非常に良い、素晴らしい」

「こういう例を示したのは、第一に最小作用の原理、またはより一般に最小原理の理論的価値、そして第二にその実際的有効性を確かめるためでした。すでに答えがわかっている容量の計算に対してだけでなく、ほかのどのような形でも、\( \; \alpha \; \)のような任意パラメータを最小値が得られるよう調節することによって、場の近似解を得ることができるのです。そして他の仕方では手に負えない問題に対してでも、素晴らしい数値解を求めることができるわけです」

特別講義を終えるにあたって

「ここで、講義中には時間がなく伝えられなかったことを付け加えておきたいと思います(私はいつも与えられた時間以上の内容を準備してしまうようです)。先に述べたように、私はこの講義を準備するにあたって、新たな問題に関心を持ち始めました。この問題が何なのかを、君たちに伝えたいと思うわけです。講義中に紹介することができた最小原理のほとんどは、力学・電磁気学における最小作用の原理から、なんらかの形で派生したものであることに私は気付きました。ところがそうではないクラスもある。たとえばオームの法則に従って材質中を流れる電流があるとすると、この流れは材質中を、熱が生じる割合がなるべく小さくなるように実現されます。また(もし物質が等温に保たれているのなら)エネルギーの生じる割合が最小になる、ともいえます。さて古典理論によれば、この原理によって、電流を媒介する金属中の電子の速度分布を決定することもできます。電子は横方向にドリフト移動しているので、速度分布は完全な平衡状態にはありません。新たな速度分布は「与えられた電流に対して、単位時間当たり衝突によって生じるエントロピーができるだけ小さくなるような分布」として求めることができます。ところが電子のふるまいを正しく記述するには量子力学を用いなければなりません。問題は「エントロピー生成最小の原理と同様の原理が、量子力学的に記述される状況でも成立するのか」というものです。私はまだこれに対する答えを見つけていません」

「この問題はアカデミックに興味深く、こういう原理は魅惑的で、それらがどれだけ一般的なケースへと拡張できるのかを見るのはやる価値のあることでしょう。ところがより実際的な観点からも、私は知りたい。そのため同僚と協力して私はある論文を執筆しました。この論文では量子力学によって近似的に、NaClのようなイオン結晶中を運動する電子の感じる電気抵抗を計算しました。[Feynman, Hellworth, Iddings, and Platzman, "Mobility of Slow Electrons in a Polar Crystal," Phys Rev. 127, 1004(1962).] もし最小原理が存在すれば、さきほどコンデンサー容量についての最小原理から、電場について粗い知識しかなくとも高精度の近似解が得られたように、それを使ってより精度の高い結果を算出できるようになるのです」

今後の方針

 ここまででファインマンの特別講義は終了した。ところでWeb上に彼の講義がアップされているので、本文を参照したい方はぜひ(図がとてもきれいなので参考にしてほしい):

The Feynman Lectures on Physics Vol. II Ch. 19: The Principle of Least Action

 最小作用の原理から出発して、『変分原理』というアイデア、「ある積分値を極小または極大にする関数」というアイデアが非常に強力な手法であることをみた。また自然界にそのような法則は数多いこともみた。これはある意味で、自然界を支配する法則がしばしば、なんらかの量を最大または最小にすることによって特徴づけられることを示唆する。これが後に『最適化』数学として顕著な発展をみせることになるわけだ。そして自然法則を変分原理の形で述べることの大きな利点は、実際的な意味で、ファインマン自身が述べていたように『正体がわかっていない関数の近似解を、高い精度で求められるシステマティックな方法』を与えるからだ。

 さて今後の方針だが、これからは「解析力学」を本格的に始めたい。だがその前に導入として、『数学は最善世界の夢を見るか?』を繙いていきたい。おそらく書評という形になるが、細かい計算なども確かめながら、より深い内容の理解を目指していく。

 

数学は最善世界の夢を見るか?――最小作用の原理から最適化理論へ

数学は最善世界の夢を見るか?――最小作用の原理から最適化理論へ

 

 

最小作用の原理(7)――大域的物理法則と局所的物理法則

 

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概要

ローカル(局所的)とグローバル(大域的)との関係

 「ある場所から別の場所までのある積分が極小であるという法則――軌道全体についての情報を与えるもの――と、その軌道上を進むに従い、物体を加速させる力があるという法則とは、まったく性質を異にするものです。後者は軌道上で次の一歩をどう踏み出すかを、また前者は軌道そのものの大域的な情報を教えてくれます。光については、この二つの関係をすでに議論しました。そこでここから私は、こういう最小作用の原理があるとき、なぜ同時に微分を含む形の法則があるのかについて、説明したいと思うのです」

「時空の中を辿る実際の軌道があるとします。今回も簡単のため一次元の例をとることにすると、\( \; x \; \)のグラフを時間\( \; t \; \)に関してプロットできます。この実際の軌道に対する作用積分は極小となっている。この軌道が、時空中の一点\( \; a \; \)から、その近くにある別の点\( \; b \; \)を通るとします。時間\( \; t_{1} \; \)から\( \; t_{2} \; \)までの積分が極小ならば、必然的に\( \; a \; \)から\( \; b \; \)までの微小部分に対する積分も極小になっていなければなりません。さもないとこの微小部分を少しずらして、全体の積分値をさらに少しだけ小さくできることになってしまうからです」

「よって、軌道を構成する各部分も極小になっていなければならない。これはその部分がどれだけ短くても成り立っているから、『軌道全体が極小値を与える』という法則は、『軌道上の無限小部分も、作用を極小にするような軌跡を描いている』という形で述べることができるでしょう。いま十分短い部分――極めて近接した二点\( \; a, \; b \; \)が切り取る軌道部分――を実際の軌道上からとったとき、ポテンシャルがある点から別の遠くにある点までどのように変わるのかは重要でなくなります。というのも軌道上のこの小さな切片全体が、全体からみたらほとんど同じ場所に留まっているからです。よって知らなければならないのはポテンシャルの一次変化のみとなります。つまりこの微小軌道の形はポテンシャルの導関数のみに依存し、ポテンシャルそのものにはよらないのです。軌道に関する大域的情報は、軌道の微小部分でどうなっているかという局所的情報――微分の形――で述べられ、ポテンシャルの導関数――すなわちその点での力――のみで決まるわけです。以上が巨視的法則と微視的法則の関係の、定性的説明となります」

「光の場合わたしたちは次のような問いについて議論しました:『光はどうやって正しい道を見つけ出すのか?』 これは局所的観点から考えると、簡単に理解できるのです。つまり各瞬間に光はある加速度をもっていて、この瞬間にどうふるまうべきかを知っている。ところが『最小作用を与えるような軌道を粒子が選び出す』というとき、因果関係に基づくわたしたちの直観はこれを理解できなくなる。『粒子は各瞬間に、近くの軌道に対する作用の量が大きくなるかどうかを嗅ぎ分けているのではないか?』 光の場合、光子がすべての軌道を比較できないよう通り道にブロックをおいて遮ると、実際に光子はどの軌道を行けばよいか判断がつかなくなり、結果として回折現象が起きるのを見ました」

「これと同じことが力学に関しても言えるのか? 粒子は単に正しい道を選択しているではなく、可能なすべての軌道を見比べているのではないか? そしてもし道の上に物をおいて粒子の視界を塞いでしまったら、回折と似たような現象が起きるのではないか? ご想像通り、驚くべきことに、そうなっているのです。量子力学の法則がそう示している。すると最小作用の原理は、まだ完全な形で述べられていないことになるでしょう。粒子は作用最小の軌道を選択するのではなく、近くにある可能な途を嗅ぎ分けて、そのあと作用が一番小さくなる軌道を選び出す。光が時間最短の途を選び出すのとまったく同じように。光が時間最短の軌道を選び出す方法は次のようなものでした。つまり異なる時間がかかる軌道を辿ると、光はそれぞれ異なる位相で終点に到着することになります。ある点での振幅の総計は、光が辿ることのできる可能なすべての軌道の振幅に対する寄与の総計となるので、終点での位相がばらばらになるような軌道はすべて振幅に寄与しません*1。ところが終点での位相がほとんど同じであるような軌道の系列があるとすれば、この軌道群それぞれの振幅に対する小さな寄与が積み重なって、最終的に合理的な振幅の大きさが得られるでしょう。要するに考慮すべきは、ほとんど同じ位相を与える軌道が近くにたくさんあるような軌道なのです」

「実は量子力学でもまさにこれと同じことが言えます。完成された量子力学(相対論的効果と電子のスピンを無視した)が示しているのは次のような事実です。『粒子が時間\( \; t_{1} \; \)で点\( \; 1 \; \)から時間\( \; t_{2} \; \)で点\( \; 2 \; \)に到着する確率は、確率振幅の二乗に等しい』振幅の総計は可能なそれぞれの軌道――終点に辿り着く軌道――に対する振幅の和として表されます。可能なそれぞれの軌道\( \; x(t) \; \)――すべての想定できる軌道――に対し振幅を計算し、それらをすべて足し合わせるわけです。振幅としては何をとればいいのでしょう。作用積分をヒントにすれば、ひとつの軌道に対する振幅が何であるべきかがわかります。振幅は何らかの定数かける\( \; e^{iS/\hbar} \; \)となるでしょう。ここで\( \; S \; \)はその軌道に対する作用です。つまり振幅の位相を複素数で表せば、その位相角度は\( \; S/\hbar \; \)ということです。作用の次元はエネルギーの次元かける時間の次元であり、これはプランク定数\( \; \hbar \; \)と同じです。この定数は量子効果がを考慮するべきかどうかを決める境界となる量です」

「どういうことになっているのかを今から説明しましょう。すべての軌道に対して\( \; S \; \)が\( \; \hbar \; \)に比べて非常に大きいと仮定します。するとひとつの軌道はある振幅を与えるのですが、その近くの軌道に対しては位相は大きく異なるでしょう。というのもいま作用\( \; S \; \)は非常に大きいと仮定しているので、作用に現れる変化が小さなものであっても、プランク定数\( \; \hbar \; \)が非常に小さい量であることから、完全にずれた位相が得られるわけです*2。よってこの場合、近傍の軌道は和をとることによって通常その影響がキャンセルされるはずです。ところがある特別な領域についてこれは成り立たない。すなわち一次近似の範囲で、ある軌道とその近くの軌道がまったく同じ位相を与えるような領域です(より正確には、\( \; \hbar \; \)のオーダーで同じ作用を与える軌道)。こういう特別な軌道のみが重要なのです。よってプランク定数\( \; \hbar \; \)がゼロに向かうような極限*3では、量子力学を次のように訂正してシンプルに述べ直すことができます:『確率振幅などすべて無視してよい。粒子が辿るのはある特別な軌道、すなわち作用\( \; S \; \)の一次変分がゼロであるような軌道である』と*4。これが最小作用の原理量子力学を繋ぐ関係です。量子力学がこのように定式化されるという事実は、1942年、この講義の冒頭で紹介したBader先生のある生徒*5によって発見されたのです(量子力学は始め、振幅の微分方程式シュレーディンガー)と行列力学(ハイゼンベルグ)とによって定式化された)」

*1:[訳注]振幅を一種のベクトルとみると分かりやすい。このベクトルは一定の角速度で回転していて、この角度が光の位相である。まったくばらばらの位相を与える軌道に対して、終点でのベクトルを足し算すると、向きがまったくばらばらなのでその大きさは非常に小さくなる。

*2:[訳注]つまり量子効果が無視できるスケールにおいては、ある軌道からどんなに小さくずれた軌道も、完全にばらばらな位相を与えるということ。

*3:[訳注]古典力学が適用できる極限。

*4:[訳注]つまり確率で決まる要素が排除される。

*5:[訳注]ファインマン自身のこと。

最小作用の原理(6)――相対論的運動方程式への拡張

 

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概要

  • 前回までに、最小作用の原理が多次元の場合でも用意に拡張されることを示した。また保存系にしか適用できないことの原理も、ミクロな物理には保存力しかないことを考えれば、高い応用性が期待できるものであることも学んだ。
  • 今回は相対論的補正(つまり光速に近い速度で運動する粒子の運動を記述する際にニュートン方程式へと加わる補正)を加えた運動方程式(ただし力として電磁気力を考える)をも、最小作用の原理が応用でき、さらに作用という量が存在することを示す。
  • 最後にラグランジアンという量を導入し、作用積分を一般的な形式で述べておく。
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言葉は思考する(十一)――複数の言葉を話せることの利点

 

 今回もHuffpostから、外語を学ぶことの利点について述べた記事を取り上げる:Apprendre une langue étrangère: 7 raisons de parler une autre langue (ou plus)

 記事で挙げられている利点をまとめると、

  1. 未知のものに対する認知能力の向上
  2. 言葉に対する異なる視点
  3. アルツハイマー病予防
  4. 与えられた課題に対する分析力の向上
  5. 変化に対応できる脳の形成
  6. 他の言語で思考することで、より合理的な判断を下せること

となる。このうち1.と5.の項目については他の記事(異文化に接することによって世界認知が深まるという内容)でも触れた。またその元となった『文化と両義性』についての書評もぜひ参考にしてほしい。またこちらの記事も参照のこと:外国語で考えると倫理的基準が変わる:研究結果 « WIRED.jp

 最近になって、他言語を学ぶのは成人してからでも遅くはないということがわかってきた。そこで生涯学習として言語と付き合う人も増え始めている。その醍醐味はやはり、言語を介して異文化へと踏み込み、自分の世界を拡張する過程だろう。

 また言葉に対する感覚もより敏感・繊細になるし、日本語がどういう言語なのかという理解も深まる。それは言語間の差異を学べるからで、語学学習の成果は母語にそのまま跳ね返ってくる。語学にはプラスの効果しかないとぼくは考えている。それでは読解を始める。

Ⅰ C’est indéniable : parler une, voire plusieurs, langue(s) étrangère(s) est un véritable atout qui permet de voyager sans encombre dans un pays étranger, de communiquer avec des gens qu’on ne comprendrait pas autrement, de se plonger en profondeur dans une culture qui n’est pas la nôtre et, plus prosaïquement, de savoir ce que l’on commande au restaurant ! De nombreuses études démontrent aussi que la pratique d’une langue étrangère est bénéfique pour la santé, et surtout pour le cerveau. L’avantage des bilingues?

1-1. VOIRE(employé pour renforcer une assertion, une idée)とあるので、主張や考えを強めるのに使われる単語。A voire Bという構造があるとき、AとBは主張の核になっている部分で、AよりもBの方が程度の強い要素になっている。Aに留まらずB(さえも)というほどのニュアンスだろう。本文では「外語を話すことが強みになる」という主張が、誰に対してあてはまるのかが程度の強さを決めている。つまり「ひとつの外語を話す人」よりも「二つ以上の外語を話す人」の方が当然少ないから、主張の程度が強いのは後者ということになる。

1-2. SANS ENCOMBRE(sans rencontrer d'obstacle, sans ennui, sans incident)だから「無事に、支障なく、困難なく」という意味。発音するときにはリエゾンすることに注意しよう([z]の音が出てくる)。

1-3. PROSAIQUE(qui manque d'élégance, de distinction, de noblesse)なので「俗な、平凡な」ということ。

1-4. DEMONTRER(établir la vérité de qqch d'une manière évidente et rigoureuse; prouver par démonstration; fournir une preuve de)なので「明確かつ厳格な仕方で真実を打ち立てること、論証により示すこと、証拠を与えること」とある。ここでは最後の意味で、「数々の研究が示すところでは」ということ。

Ⅰ 外語を話せることが真の強みであることは確実だろう:外国を快適に旅できて、他国の人とのコミュニケーションが可能になり、自分の属さない文化圏へと深く踏み入ることができる。もちろん、レストランで注文したものが何なのかもわかる。数々の研究によると、外語を実践することが健康、特に脳へいい影響をもたらすことが明らかになっている。バイリンガルであることの利点とは?

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保存系ではエネルギーが保存する

エネルギーが保存することの、ちょっとした証明

 保存系とは、系の力があるポテンシャルを用いて表せるような系のことである。ここでは一、二次元に限って話を進めることにする。

 まずは一次元ニュートン運動方程式を書き下すと、\[ \ddot{x}=-\dfrac{dU(x)}{dx} \]となる。ここで\( \; \ddot{x}\equiv d^{2}x/dt^{2} \; \)であり、質量を\( \; 1 \; \)にとってある。示したいのは系のエネルギーが時間に無関係で一定であることだから、エネルギーの表式を時間微分してゼロになることをいえばよい。系の全エネルギー\( \; E \; \)は運動エネルギーにポテンシャル・エネルギーを加えたものであるから、\[ \dfrac{dE}{dt}=\dfrac{d}{dt}\left [\dfrac{1}{2}\dot{x}^{2}+U(x)\right ]=\dot{x}\ddot{x}+\dfrac{dU}{dt} \]が出る。ここで最後の変形には合成関数の微分法を用いた。ニュートン運動方程式を用いれば\[ \dfrac{dU}{dt}=\dfrac{dU}{dx}\dfrac{dx}{dt}=-\dot{x}\ddot{x} \]となるのでこれを代入すれば\( \; dE/dt=0 \; \)がわかる。すなわち\[ E(x, \; \dot{x})=\mathrm{(con st.)} \]

 二次元の場合でも本質的には全く同様である。ニュートン運動方程式を書き下すと\[ \ddot{{\bf x}}=-\nabla U({\bf x}). \]ここで\( \; {\bf x}=(x, \; y) \; \)、\( \; \nabla = (\partial/\partial x, \; \partial/\partial y) \; \)である。ポテンシャルが位置座標のみの関数であるので、その全微分は\[ dU=\dfrac{\partial U}{\partial x}dx+\dfrac{\partial U}{\partial y}dy \]となる。よってその時間微分は\[ \dfrac{dU}{dt}=-(\ddot{x}\dot{x}+\ddot{y}\dot{y}) \]となる。最後の等式にはニュートン運動方程式を用いた。ところで全エネルギーの時間微分を計算してみると\[ \dfrac{dE}{dt}=\dfrac{d}{dt}\left [ \dfrac{1}{2}{\bf x}^{2}+U({\bf x})\right ]=(\ddot{x}\dot{x}+\ddot{y}\dot{y})+\dfrac{dU}{dt}=0. \]以上が保存系が「保存」と呼ばれる所以である。応用上こういった不変量があるのは極めて重要な手がかりになる。

保存力と仕事の関係

 以下示すのは二次元の場合に、保存力のなす仕事が経路によらず始点と終点のみによって決まること、そしてその逆、すなわち仕事が経路によらないような力は保存力であることである。保存力とは、位置座標のみのある関数(つまりポテンシャル)が存在して、\[ \vec{F}=-\nabla U \]と表せるような力のことである。いうまでもなく保存系に働く力は保存力だ。

 では\( \; \vec{F}=(F_{x}, \; F_{y}) \; \)が保存力だと仮定して、その仕事が経路によらないことを示そう。力の仕事とは、経路にそった線積分であった。平面上の経路を\( \; {\bf x} \; \)で表すことにすると、経路上で\( \; \vec{F} \; \)によってなされる仕事は\[ \int_{P_{0}}^{P_{1}}\vec{F}\cdot d{\bf x}=\int_{P_{0}}^{P_{1}}(F_{x}dx+F_{y}dy). \]ここで\( \; P_{0}, \; P_{1} \; \)はそれぞれ経路の始点と終点である。\( \; \vec{F} \; \)が保存力であることを思い出すと、上の表式は\[ -\int_{P_{0}}^{P_{1}} \left [ \dfrac{\partial U}{\partial x}dx+\dfrac{\partial U}{\partial y}dy \right ] \]となるが、これは\[ -\int_{P_{0}}^{P_{1}}dU=U(P_{0})-U(P_{1}) \]に等しい。

 次にこの逆を証明する。力のなす仕事が経路によらず、始点と終点のみに依存すると仮定する。始点を固定すれば、この仕事\( \; W \; \)は平面上の終点\( \; {\bf x} \; \)のみの関数となる:\[ W=W({\bf x}). \]よって\[ dW=\dfrac{\partial W}{\partial x}dx+\dfrac{\partial W}{\partial y}dy \]と書ける。ところで終点の位置を無限小ベクトル\( \; d{\bf x} \; \)だけずらすと、この間力\( \; \vec{F} \; \)は一定と見なせるので、仕事の変分\( \; dW \; \)は\[ dW\equiv W({\bf x}+d{\bf x})-W({\bf x})=\vec{F}({\bf x})\cdot d{\bf x}=F_{x}dx+F_{y}dy. \]これと前の式を見比べると\[ F_{x}=\dfrac{\partial W}{\partial x}, \; \; \; F_{y}=\dfrac{\partial W}{\partial y} \]が成り立っている。よって\[ U({\bf x})=-W({\bf x}) \]とおけばよい。