着想メトロ

アイデアとは、世界の捉え方を再構成することで新たな価値を獲得し、さらにそれを経験によって持続させる、一連のプロセスのこと。

最小作用の原理(7)――大域的物理法則と局所的物理法則

 

pen3e.hatenablog.com

pen3e.hatenablog.com

pen3e.hatenablog.com

pen3e.hatenablog.com

pen3e.hatenablog.com

pen3e.hatenablog.com

pen3e.hatenablog.com

pen3e.hatenablog.com

pen3e.hatenablog.com

 

概要

ローカル(局所的)とグローバル(大域的)との関係

 「ある場所から別の場所までのある積分が極小であるという法則――軌道全体についての情報を与えるもの――と、その軌道上を進むに従い、物体を加速させる力があるという法則とは、まったく性質を異にするものです。後者は軌道上で次の一歩をどう踏み出すかを、また前者は軌道そのものの大域的な情報を教えてくれます。光については、この二つの関係をすでに議論しました。そこでここから私は、こういう最小作用の原理があるとき、なぜ同時に微分を含む形の法則があるのかについて、説明したいと思うのです」

「時空の中を辿る実際の軌道があるとします。今回も簡単のため一次元の例をとることにすると、\( \; x \; \)のグラフを時間\( \; t \; \)に関してプロットできます。この実際の軌道に対する作用積分は極小となっている。この軌道が、時空中の一点\( \; a \; \)から、その近くにある別の点\( \; b \; \)を通るとします。時間\( \; t_{1} \; \)から\( \; t_{2} \; \)までの積分が極小ならば、必然的に\( \; a \; \)から\( \; b \; \)までの微小部分に対する積分も極小になっていなければなりません。さもないとこの微小部分を少しずらして、全体の積分値をさらに少しだけ小さくできることになってしまうからです」

「よって、軌道を構成する各部分も極小になっていなければならない。これはその部分がどれだけ短くても成り立っているから、『軌道全体が極小値を与える』という法則は、『軌道上の無限小部分も、作用を極小にするような軌跡を描いている』という形で述べることができるでしょう。いま十分短い部分――極めて近接した二点\( \; a, \; b \; \)が切り取る軌道部分――を実際の軌道上からとったとき、ポテンシャルがある点から別の遠くにある点までどのように変わるのかは重要でなくなります。というのも軌道上のこの小さな切片全体が、全体からみたらほとんど同じ場所に留まっているからです。よって知らなければならないのはポテンシャルの一次変化のみとなります。つまりこの微小軌道の形はポテンシャルの導関数のみに依存し、ポテンシャルそのものにはよらないのです。軌道に関する大域的情報は、軌道の微小部分でどうなっているかという局所的情報――微分の形――で述べられ、ポテンシャルの導関数――すなわちその点での力――のみで決まるわけです。以上が巨視的法則と微視的法則の関係の、定性的説明となります」

「光の場合わたしたちは次のような問いについて議論しました:『光はどうやって正しい道を見つけ出すのか?』 これは局所的観点から考えると、簡単に理解できるのです。つまり各瞬間に光はある加速度をもっていて、この瞬間にどうふるまうべきかを知っている。ところが『最小作用を与えるような軌道を粒子が選び出す』というとき、因果関係に基づくわたしたちの直観はこれを理解できなくなる。『粒子は各瞬間に、近くの軌道に対する作用の量が大きくなるかどうかを嗅ぎ分けているのではないか?』 光の場合、光子がすべての軌道を比較できないよう通り道にブロックをおいて遮ると、実際に光子はどの軌道を行けばよいか判断がつかなくなり、結果として回折現象が起きるのを見ました」

「これと同じことが力学に関しても言えるのか? 粒子は単に正しい道を選択しているではなく、可能なすべての軌道を見比べているのではないか? そしてもし道の上に物をおいて粒子の視界を塞いでしまったら、回折と似たような現象が起きるのではないか? ご想像通り、驚くべきことに、そうなっているのです。量子力学の法則がそう示している。すると最小作用の原理は、まだ完全な形で述べられていないことになるでしょう。粒子は作用最小の軌道を選択するのではなく、近くにある可能な途を嗅ぎ分けて、そのあと作用が一番小さくなる軌道を選び出す。光が時間最短の途を選び出すのとまったく同じように。光が時間最短の軌道を選び出す方法は次のようなものでした。つまり異なる時間がかかる軌道を辿ると、光はそれぞれ異なる位相で終点に到着することになります。ある点での振幅の総計は、光が辿ることのできる可能なすべての軌道の振幅に対する寄与の総計となるので、終点での位相がばらばらになるような軌道はすべて振幅に寄与しません*1。ところが終点での位相がほとんど同じであるような軌道の系列があるとすれば、この軌道群それぞれの振幅に対する小さな寄与が積み重なって、最終的に合理的な振幅の大きさが得られるでしょう。要するに考慮すべきは、ほとんど同じ位相を与える軌道が近くにたくさんあるような軌道なのです」

「実は量子力学でもまさにこれと同じことが言えます。完成された量子力学(相対論的効果と電子のスピンを無視した)が示しているのは次のような事実です。『粒子が時間\( \; t_{1} \; \)で点\( \; 1 \; \)から時間\( \; t_{2} \; \)で点\( \; 2 \; \)に到着する確率は、確率振幅の二乗に等しい』振幅の総計は可能なそれぞれの軌道――終点に辿り着く軌道――に対する振幅の和として表されます。可能なそれぞれの軌道\( \; x(t) \; \)――すべての想定できる軌道――に対し振幅を計算し、それらをすべて足し合わせるわけです。振幅としては何をとればいいのでしょう。作用積分をヒントにすれば、ひとつの軌道に対する振幅が何であるべきかがわかります。振幅は何らかの定数かける\( \; e^{iS/\hbar} \; \)となるでしょう。ここで\( \; S \; \)はその軌道に対する作用です。つまり振幅の位相を複素数で表せば、その位相角度は\( \; S/\hbar \; \)ということです。作用の次元はエネルギーの次元かける時間の次元であり、これはプランク定数\( \; \hbar \; \)と同じです。この定数は量子効果がを考慮するべきかどうかを決める境界となる量です」

「どういうことになっているのかを今から説明しましょう。すべての軌道に対して\( \; S \; \)が\( \; \hbar \; \)に比べて非常に大きいと仮定します。するとひとつの軌道はある振幅を与えるのですが、その近くの軌道に対しては位相は大きく異なるでしょう。というのもいま作用\( \; S \; \)は非常に大きいと仮定しているので、作用に現れる変化が小さなものであっても、プランク定数\( \; \hbar \; \)が非常に小さい量であることから、完全にずれた位相が得られるわけです*2。よってこの場合、近傍の軌道は和をとることによって通常その影響がキャンセルされるはずです。ところがある特別な領域についてこれは成り立たない。すなわち一次近似の範囲で、ある軌道とその近くの軌道がまったく同じ位相を与えるような領域です(より正確には、\( \; \hbar \; \)のオーダーで同じ作用を与える軌道)。こういう特別な軌道のみが重要なのです。よってプランク定数\( \; \hbar \; \)がゼロに向かうような極限*3では、量子力学を次のように訂正してシンプルに述べ直すことができます:『確率振幅などすべて無視してよい。粒子が辿るのはある特別な軌道、すなわち作用\( \; S \; \)の一次変分がゼロであるような軌道である』と*4。これが最小作用の原理量子力学を繋ぐ関係です。量子力学がこのように定式化されるという事実は、1942年、この講義の冒頭で紹介したBader先生のある生徒*5によって発見されたのです(量子力学は始め、振幅の微分方程式シュレーディンガー)と行列力学(ハイゼンベルグ)とによって定式化された)」

*1:[訳注]振幅を一種のベクトルとみると分かりやすい。このベクトルは一定の角速度で回転していて、この角度が光の位相である。まったくばらばらの位相を与える軌道に対して、終点でのベクトルを足し算すると、向きがまったくばらばらなのでその大きさは非常に小さくなる。

*2:[訳注]つまり量子効果が無視できるスケールにおいては、ある軌道からどんなに小さくずれた軌道も、完全にばらばらな位相を与えるということ。

*3:[訳注]古典力学が適用できる極限。

*4:[訳注]つまり確率で決まる要素が排除される。

*5:[訳注]ファインマン自身のこと。