最小作用の原理(9)――Ordinary Differential Equations(Arnold)
前回に、『数学は最善世界の夢を見るか?』を読み解いていくことを予告した:
数学は最善世界の夢を見るか?――最小作用の原理から最適化理論へ
- 作者: イーヴァル・エクランド,南條郁子
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2009/12/18
- メディア: 単行本
- 購入: 4人 クリック: 98回
- この商品を含むブログ (16件) を見る
ところが実際に読んでみると、訴えかけてくることがあまりなかった(これは著作の質が悪いといっているわけではなく、一般向けに書かれた本であるだけに専門的アプローチを試みようとする者にとっては少しだけ物足りないということ。実際、著者は論文も複数執筆している)。そこで今回から思いきって、アーノルドの『Ordinary Differential Equations(常微分方程式)』を読んでいく(というより解いていく):
Ordinary Differential Equations
- 作者: V.I. Arnold,Richard A. Silverman
- 出版社/メーカー: The MIT Press
- 発売日: 1978/07/15
- メディア: ペーパーバック
- この商品を含むブログ (1件) を見る
「思いきって」と書いたのは、僕にこの著作を理解する力が不足しているからだ。だからこそこの本を選んだ、ともいえるのだが。選択の理由はただひとつ、彼が一貫して力学系を幾何学的に構想しようとしているからだ。本来常微分方程式というのは大学初年級の解析の授業で習う分野だが、それとはいろいろな意味で異質なのが本書である。それは本文を読み進めるに従って明らかになることと思う。必要な予備知識は微積分、線形代数、群論について少し、くらいであるが、相当高度な抽象的思考力が要求される(これは一種の慣れで解決される)。
本書を理解するために参考にした著書がいくつかあるので、以下紹介しておく。
- 作者: V.I.アーノルド,安藤韶一,蟹江幸博,丹羽敏雄
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2003/05/28
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 20回
- この商品を含むブログ (4件) を見る
Mathematical Methods of Classical Mechanics (Graduate Texts in Mathematics)
- 作者: V.I. Arnol'd,K. Vogtmann,A. Weinstein
- 出版社/メーカー: Springer
- 発売日: 1997/09/23
- メディア: ハードカバー
- クリック: 6回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
本文中にある数多くの問題は、基本的にすべて解いていくが、いま解けそうにないと判断したものは保留にしておく。解答(または証明)は解答(証明)と書いてあるものの、もちろん(仮)である。前回までの記事と相変わらず、個人的なメモ帳となんら変わりはないという点で、自分勝手な解釈が随所に潜んでいることを最初に断っておく。
☞相空間と相流
常微分方程式論は、数理科学の基盤を成すもののひとつである。これによって、決定性・次元有限性・微分可能性という三つの特性をもつあらゆる種類の発展過程を研究することができる。
- 相空間とは、考えている物理過程のとり得るすべての状態のこと。
- 考えている物理過程が微分可能であるとは、その相空間が微分可能多様体の構造をもち、時間による状態の変化が微分可能な関数によって記述されることをいう。
- 決定性を特徴づける数学モデルが相流。
- \( M \; \)を相空間とし、相点\( \; x \in M \; \)を考えている物理過程の初期状態だとする。時間\( \; t \; \)後におけるこの物理過程の状態を\( \; g^{t}x \; \)で表すと、これによりすべての実数\( \; t \; \)に対して、\( \; M \; \)から\( \; M \; \)への写像\[ g^{t} \; : \; M \longrightarrow M \]が定義される。この写像を\( \; t \; \)時間経過写像とよび、各状態\( \; x \in M \; \)を新たな状態\( \; g^{t}x \in M \; \)に移す。また定義から明らかに、写像としての等式\[ g^{t+s}=g^{t}\circ g^{s} \]が成り立つ。
- いま相点\( \; x \in M \; \)をひとつ固定し、物理過程の初期状態としよう。時間の流れの中で物理過程の状態は変化し、相点\( \; x \; \)は相空間\( \; M \; \)の中に相曲線\( \; \{ g^{t}x, \; t \in {\bf R} \} \; \)を描く。相流とは、\( \; t \; \)時間経過写像の族のことにほかならず、各相点はそれぞれの相曲線に沿って動く。つまり\( \; \{g^{t}x, \; t\in {\bf R}; \; x \in M \} \; \)のことである。
- \( M \; \)を任意の集合とする。すべての実数\( \; (t\in{\bf R}) \; \)によってラベル付けされた、\( \; M \; \)をそれ自身へと移す写像の族\( \; \{g^{t}\} \; \)は、任意の\( \; t, \;s \in {\bf R} \; \)に対して\[ g^{t+s}=g^{t}\circ g^{s} \]が成り立ち、さらに\( \; g^{0} \; \)が恒等写像であるとき、1-パラメータ変換群と呼ばれる。
命題1. 1-パラメータ変換群は可換群であって、さらに各写像\( \; g^{t} \; \)は一対一である。
証明。積に関する単位元の存在は仮定されている(\( \; g^{0} \; \))。また任意の\( \; t \in {\bf R} \; \)に対して、\( \; g^{t} \; \)の逆元は\( \; g^{-t} \; \)である。実際、任意の\( \; x \in M \; \)に対し\[ \begin{cases} g^{-t}\circ g^{t}x=g^{-t+t}x=x, \\ g^{t} \circ g^{-t}x=g^{t-t}x=x. \end{cases}\]明らかに任意の\( \; t, \; s \in {\bf R} \; \)に対して、\[ g^{t}\circ g^{s}=g^{t+s}=g^{s+t}=g^{s}\circ g^{t}. \]以上から1-パラメータ変換群は可換群である。
また\( g^{t}x=g^{t}y, \; x, \; y \in M \; \)とすると、両辺に逆像\( \; g^{-t} \; \)を作用させて\( \; x=y \; \)を得る。よって\( \; g^{t} \; \)は単射である。(証明終)
- 集合\( \; M \; \)と、\( \; M \; \)をそれ自身へと移す1-パラメータ変換群\( \; \{ g^{t} \} \; \)からなる組\( \; (M, \; \{g^{t} \}) \; \)を相流と呼ぶ。\( \; M \; \)を流れの相空間、その要素を相点という。
- \( x \in M \; \)を任意の相点とする。実数直線から相空間への写像\[ \phi \; : \; {\bf R} \longrightarrow M, \;\;\; \phi(t)=g^{t}x \]を考える。この写像を点\( \; x \; \)の、流れ\( \; (M, \; \{ g^{t} \}) \; \)の作用による運動という。運動による\( \; {\bf R} \; \)の像を、流れ\( \; (M, \; \{g^{t}\}) \; \)の相曲線という。相曲線は相空間の部分集合である。
命題2. 相空間の各点を通る相曲線は一意的に定まる。
証明。\( \; x \in M \; \)を固定する。これにより相曲線\( \; \{ \phi(t)=g^{t}x, \; t\in {\bf R} \} \; \)がひとつ定まる。これが一意的であることを示すために、この相曲線上にない相点\( \; y \; \)をひとつ任意に選ぶ。これがもとの相曲線と決して交わらないことを示せばよい。そこである点で交わると仮定しよう。この交点を\( \; z \; \)とすると、ある実数\( \; t, \; s \; \)が存在して、\( \; g^{t}x=z=g^{s}y \; \)が成り立つ。ところが両辺に\( \; g^{-s} \; \)を作用させると\[ y=g^{-s}\circ g^{t}x=g^{t-s}x=\phi(t-s) \]となって、もとの相曲線に\( \; y \; \)が乗ってしまう。これは矛盾である。よって異なる相点から生まれる相曲線に交わりはない。これを言い換えると、相曲線は一意的に定まることになる。(証明終)
- 流れ\( \; (M, \; \{g^{t}\}) \; \)の点\( \; x \in M \; \)が平衡位置または固定点であるとは、その点がそれ自身でひとつの相曲線を成すことを意味する:\[ g^{t}x=x, \; \forall t \in {\bf R}. \]
- 写像\( \; \phi \; \)のグラフを考えるとき、それに伴い拡大相空間、積分曲線という概念が生じる。与えられた二つの集合\( \; A, \; B \; \)の直積\( \; A \times B \; \)とは、すべての順序付けられた組\( \; (a, \; b), \; a \in A, \; b \in B \; \)の集合であった。写像\( \; f \; : \; A \longrightarrow B \; \)のグラフとは、\( \; (a, \; f(a)), \; a \in A \; \)という形の点からなる、直積\( \; A \times B \; \)の部分集合として定義される。
- 流れ\( \; (M, \; \{g^{t}\}) \; \)の拡大相空間とは、実\( \; t \; \)軸と相空間\( \; M \; \)の直積\( \; {\bf R} \times M \; \)のことである。運動のグラフは、流れ\( \; (M, \; \{g^{t}\}) \; \)の積分曲線と呼ばれる。
命題3. 拡大相空間の各点を通る積分曲線は、一意的に定まる。
証明。拡大相空間内の一点\( \; (t_{0}, \; x) \; \)を固定する。すると相点\( \; y=g^{-t_{0}}x \; \)を初期状態とする相曲線は、拡大相空間に\( \; (t_{0}, \; x) \; \)を通る積分曲線\( \; \{ (t, \; g^{t}y) \} \; \)を定める。いま\( \; y \; \)とは異なる初期状態\( \; z \in M \; \)をもつ積分曲線が点\( \; (t_{0}, \; x) \; \)を通るとすると、これは\( \; g^{t_{0}}z=x \; \)を意味するが、\( \; y=g^{-t_{0}}x \; \)より\( \; x=g^{t_{0}}y \; \)となって、結局\( \; z=y \; \)が出てくる。これは矛盾である。よって異なる初期状態から出発する積分曲線は、拡大相空間内の同一点を通ることは決してない。これはある未来\( \; t_{0} \; \)における状態を\( \; x \; \)と定めたとき、そこに向かう過去の初期状態\( \; y \; \)が一意に求められることを意味する。つまり物理過程は決定論的である。(証明終)
命題4. 水平線\( \; {\bf R}\times x, \; x \in M \; \)は、\( \; x \; \)が平衡位置であるとき、またそのときに限り積分曲線となる。
証明。\( x \; \)が平衡位置であるとする。このとき\( \; \{ (t, \; x) \}=\{ (t, \; g^{t}x) \} \; \)なのでこの水平線は積分曲線でもある。逆に水平線\( \; \{ (t, \; x) \} \; \)が積分曲線であるとしよう。つまりこの水平線が運動のグラフになっているとすると、\[ \phi(t)=x, \; t\in {\bf R}. \]これは\( \; x \; \)が平衡位置であることの定義そのものである。(証明終)
命題5. 拡大相空間上で定義された、時間軸に沿うシフト\[ h^{s} \; : \; ({\bf R}\times M) \longrightarrow ({\bf R}\times M), \;\;\; h^{s}(t, \; x)=(t+s, \; x) \]は、積分曲線を積分曲線に移す。
証明。相空間内の一点\( \; x \; \)を固定し、\( \; y=g^{-s}x \; \)とおく。つまり\( \; y \; \)は\( \; x \; \)によって定まる相曲線上にある。ここで\[ h^{s}(t, \; g^{t}x)=(t+s, \; g^{t}x)=(t+s, \; g^{t+s}y) \]であるから、\( \; t'=t+s \; \)とおけば\( \; \{h^{s}(t, \; g^{t}x) \}=\{t', \; g^{t'}y\} \; \)とかける。\( \; t' \in {\bf R}, \; y \in M \; \)だから、これは拡大相空間内にひとつの積分曲線を定める。(証明終)
- 有限次元、そして微分可能性という概念は、考えている物理過程の相空間が有限次元微分可能多様体であり、かつ相流がこの多様体の微分同相写像の1-パラメータ変換群になっている場合に相当する。
- 座標\( \; (x_{1}, \ldots , \; x_{n}) \; \)の入った\( \; n \; \)次元ユークリッド空間\( \; {\bf R}^{n} \; \)上の領域\( \; U \; \)で定義された微分可能関数\( \; f \; : \; U \longrightarrow {\bf R} \; \)とは、その座標表示\( \; f(x_{1}, \ldots, \; x_{n}) \; \)が\( \; C^{r} \; \)級関数であることをいう。ここで\( \; 1 \leq r \leq \infty \; \)である。
- 座標\( \; (x_{1},\ldots , \; x_{n}) \; \)の入った\( \; n \; \)次元ユークリッド空間\( \; {\bf R}^{n} \; \)から座標\( \; y_{1}, \ldots , \; y_{m} \; \)の入った\( \; m \; \)次元ユークリッド空間\( \; {\bf R}^{m} \; \)への微分可能写像\( \; f \; : \; U \longrightarrow V \; \)とは、その座標表示\( \; y_{i}=f_{i}(x_{1}, \ldots , \; x_{n}) \; \)が微分可能関数であることをいう。
- 微分同相写像\( \; f \; : \; U \longrightarrow V \; \)とは、単射でかつ\( \; f, \; f^{-1} \; \)のどちらも微分可能写像であることをいう。
問題6. 次の関数\( \; f \; : \; {\bf R} \longrightarrow {\bf R} \; \)のうち、微分同相であるものを特定せよ:\[ f(x)=2x, \; x^{2}, \; x^{3}, \; e^{x}, \; e^{x}+x. \]
解答。一対一でない\( \; f(x)=x^{2} \; \)はただちに除外される。また\( \; y=x^{3} \; \)の逆関数は\( \; x=y^{1/3} \; \)であるが、これは原点で微分可能でない。よって\( \; f \; : \; {\bf R} \longrightarrow {\bf R} \; \)とみると微分同相でない。ただし、たとえば\( \; U=V={\bf R}^{+} \; \)とし\( \; f \; : \; U \longrightarrow V \; \)とみれば、\( \; f \; \)は微分同相になる。ここで\[ {\bf R}^{+}=\{x, \; x\in {\bf R}; \; x>0\} \]である。\( \; f(x)=e^{x} \; \)は一対一だが、逆関数の定義域が実数全体に及ばないから明らかに微分同相でない。\( \; y=e^{x}+x \; \)は、微分すると\[ dy/dx=e^{x}+1>0 \]となるので狭義単調増加であり、一対一である。しかもこの関数は\( \; {\bf R} \; \)から\( \; {\bf R} \; \)への全単射写像である。というのも、逆関数の微係数は、\[ dx/dy=\dfrac{1}{dy/dx}=\dfrac{1}{e^{x}+1} \]となるので、全域で微分可能だからだ。結局\( \; {\bf R} \; \)から\( \; {\bf R} \; \)への微分同相写像を定めるのは、\[ f(x)=2x, \; e^{x}+x \]ということになる。(解答終)
命題7. \( f \; : \; U \longrightarrow V \; \)が微分同相写像ならば、\( \; U, \; V \; \)をその部分集合としてもつユークリッド空間は同じ次元をもつ。
証明。(考え中)
- 多様体\( \; M \; \)(これはユークリッド空間内の領域と思ってかまわない)の微分同相写像の1-パラメータ変換群\( \; \{ g^{t} \} \; \)とは、直積\( \; {\bf R} \times M \; \)から\( \; M \; \)への写像\[ g \; : \; {\bf R}\times M \longrightarrow M, \;\;\; g(t, \; x)=g^{t}x, \;\;\; t \in {\bf R}, \; x \in M \]のうち、次を満たすものをいう:1)\( \; g \; \)は微分可能写像である。2)写像\( \; g^{t} \; : \; M \longrightarrow M \; \)は各\( \; t \in {\bf R} \; \)に対して微分同相写像である。3)族\( \; \{g^{t}, \; t \in {\bf R} \} \; \)は\( \; M \; \)の1-パラメータ変換群である。
命題8. \( M={\bf R}, \; g^{t}x=x+vt \; (v \in {\bf R}) \; \)は微分同相写像の1-パラメータ変換群である。
証明。\( g(t, \; x)=x+vt \; \)は明らかに無限回連続微分可能である。よって1)は確かめられた。また任意の\( \; x \in M \; \)に対し、\[ \begin{eqnarray*} g^{t+s}x &=& x+v(t+s) = (x+vt)+vs \\ &=& g^{s}\circ g^{t}x = g^{t}\circ g^{s}x \end{eqnarray*} \]だから、\( \; g^{t+s}=g^{s}\circ g^{t}=g^{t}\circ g^{s} \; \)となる。また明らかに\( \; g^{0}x=x \; \)が任意の\( \; x \in M \; \)について成り立つから、\( \; g^{0} \; \)は恒等写像である。以上で3)が確かめられた。いま\( \; t=t_{0} \; \)を固定しよう。定義域を\( \; \{t_{0}\}\times M \; \)に制限した写像\( \; g \; : \; M \longrightarrow M \; \)はもちろん1)より微分可能写像である。\( \; t=-t_{0} \; \)に固定したときも同様であって、しかも3)より\( \; g^{t_{0}} \; \)は一対一である(命題1)。これにより自動的に2)が各\( \; t_{0} \in {\bf R} \; \)について言えたことになる。(証明終)
- より一般に次のことがいえる。
命題9. 1)、3)が成立すれば2)も満たされる。
- \( (M, \; \{g^{t}\}) \; \)を、ユークリッド空間内の多様体\( \; M \; \)における微分同相写像の1-パラメータ変換群が定める相流とする。点\( \; x \in M \; \)における流れ\( \; g^{t} \; \)の相速度\( \; {\bf v}(x) \; \)とは、その相点の運動の速度を記述するベクトルである:\[ \left. \dfrac{d}{dt} \right |_{t=0}g^{t}x={\bf v}(x). \]上式の左辺はしばしば\( \; \dot{x} \; \)と略記される。微分係数は、運動が微分可能写像であるという仮定から、定義されることに注意。
命題10. 各瞬間に相点の運動の速度を記述するベクトルは、その瞬間において動点により占められる相空間内のまさにその点での相速度に等しい。すなわち\[ \left. \dfrac{d}{dt} \right |_{t=T}g^{t}x={\bf v}(g^{T}x). \]
証明。\( t'=t-T \; \)とおくと\[ \left. \dfrac{d}{dt} \right |_{t=T}g^{t}x=\left. \dfrac{d}{dt'} \right |_{t'=0}g^{t'}g^{T}x={\bf v}(g^{T}x). \](証明終)
- \( x_{1}, \ldots, \; x_{n} \; \)が考えているユークリッド空間の座標であるとする:\[ x_{i} \; : \; M \longrightarrow {\bf R}. \]このとき速度ベクトル\( \: {\bf v}(x) \; \)は、速度ベクトルの成分と呼ばれる\( \; n \; \)個の関数\( \; v_{i} \; : \; M \longrightarrow {\bf R}, \; i=1, \ldots , \; n \; \)によって定まる:\[ v_{i}(x)=\left. \dfrac{d}{dt} \right |_{t=0}x_{i}(g^{t}x). \]
命題11. 1-パラメータ群\( \; g \; : \; {\bf R} \times M \longrightarrow M \; \)が\( \; C^{r} \; \)級なら、速度ベクトルの各成分は\( \; C^{r-1} \; \)級である。
証明。仮定から、座標表示\[ g(t, \; x_{1}, \ldots, \; x_{n})=(g_{1}(t, x_{1}, \ldots , \; x_{n}), \ldots , \; g_{n}(t, \; x_{1}, \ldots , \; x_{n})) \]は各成分が\( \; C^{r} \; \)級であるから、\[ v_{i}(x)=\left. \dfrac{\partial}{\partial t} \right |_{t=0}g_{i}(t, \; x_{1}, \ldots , \; x_{n}) \]は当然\( \; C^{r-1} \; \)級である。(証明終)
- \( M \; \)を座標\( \; x_{1}, \ldots , \; x_{n} \; \)を持つユークリッド空間の領域とし、各点\( \; x \in M \; \)に\( \; x \; \)を起点とするベクトル\( \; {\bf v}(x) \; \)が伴っているとしよう。するとこれは座標系\( \; x_{i} \; \)における微分可能関数\( \; v_{i} \; : \; M \longrightarrow {\bf R} \; \)によって定まるベクトル場を\( \; M \; \)の上に形成する。よって相速度ベクトルの集まりは相空間\( \; M \; \)上にベクトル場、すなわち相速度場\( \; {\bf v} \; \)を成す。
命題12. \( x \; \)がある相流の固定点なら、その点で\( \; {\bf v}(x)=0 \; \)となる。
証明。\( {\bf v}(x)=\lim_{t \to 0}(g^{t}x-g^{0}x)/t=\lim_{t \to 0}(x-x)/t=0 \; \)。(証明終)
- 与えられたベクトル場のベクトルが消失する点をそのベクトル場の特異点と呼ぶ。特異点においてベクトル場の成分は何ら特異性を持たず、実際連続微分可能である。にも関わらずこのような名前が付いているのは、場のベクトルの向きがそのような点で非連続的に変化するという事実による。よって相流の平衡位置は相速度場の特異点である。この逆も実は言えるが、証明はそれほど簡単ではない。
常微分方程式論において我々が究明しなければならない対象は、1) 多様体\( \; M \; \)の微分同相写像の1-パラメータ群\( \; \{g^{t}\} \; \)、2) \( \; M \; \)上のベクトル場、3) 1)と2)との関連、である。ここまでで群\( \; \{g^{t}\} \; \)が、考えている多様体上にベクトル場(相速度場)を定めるのをみた。実は逆に、ベクトル場はある条件のもとで一意的に相流を定めるのである。
直観的に言うと、相速度ベクトル場は物理過程の局所的発展法則を与える。常微分方程式論の課題は、局所的発展法則から得られる知識で、過去を復元し未来を予測することにある。
- 実験によれば、放射性崩壊の割合は与えられた時刻における物質の量\( \; x \; \)に比例する。この場合相空間は半直線\[ M=\{x: \; x>0 \} \]で、その発展過程は\[ \dot{x}=-kx, \;\;\; {\bf v}(x)=-kx, \;\;\; k>0 \]となる。すなわちベクトル場\( \; {\bf v} \; \)は半直線上にあって、原点の方を向き、相速度ベクトルの大きさは\( \; x \; \)に比例している。
- 実験によれば、栄養を十分に与えられたバクテリアの増殖率は、与えられた時刻におけるバクテリアの量\( \; x \; \)に比例する。この場合も\( \; M \; \)は半直線\( \; x>0 \; \)であり、ベクトル場は前例と符合が異なる\[ \dot{x}=kx, \;\;\; {\bf v}(x)=kx, \;\;\; k>0 \]で与えられる。
- 増加率が与えられた時刻におけるペアの総数(つまり直積\( \; (0, \; x)\times (0, \; x) \; \)の要素数)に比例するような場合も考えられる:\[ \dot{x}=kx^{2}, \;\;\;\ {\bf v}(x)=kx^{2}, \;\;\; k>0. \]このような状況は生物学よりもむしろ物理化学の分野でよく見られる。急速な増加則に伴うカタストロフィックな結果は後述する。
- 地面への粒子の鉛直落下(それほど高くない所から)はガリレオの法則から、加速度一定の運動として実験的に記述される。この場合相空間\( \; M \; \)は平面\( \; (x_{1}, \; x_{2}) \; \)で、\( \; x_{1} \; \)は高さ、\( \; x_{2} \; \)は速度である。この系の発展過程は、ガリレオの法則により\[ \dot{x}_{1}=x_{2}, \;\;\; \dot{x}_{2}=-g \]となる(\( \; g \; \)は重力による加速度)。対応する相速度ベクトル場は成分として\[ v_{1}=x_{2}, \;\;\; v_{2}=-g \]をもつ。
- 平面振り子の小さな振動は、座標\( \; x_{1}, \; x_{2} \; \)の入った二次元相平面によって記述される。ここで\( \; x_{1} \; \)は鉛直方向に対して揺れのなす角度、\( \; x_{2} \; \)は角速度である。この場合の\( \; M \; \)は座標平面の原点近傍である。力学の法則により、加速度は揺れの角度に比例する:\[ \dot{x}_{1}=x_{2}, \;\;\; \dot{x}_{2}=-kx_{1}, \;\;\; k=g/l. \]\( \; l \; \)は振り子の長さで、\( \; g \; \)は重力による加速度である。見方を換えると、その相速度ベクトル場は成分\[ v_{1}=x_{2}, \;\;\; v_{2}=-kx_{1} \]をもつ。原点はこのベクトル場の特異点である。
- 振り子の(必ずしも小さくない)振動の、より正確な記述法則は\[ \dot{x}_{1}=x_{2}, \;\;\; \dot{x}_{2}=-k\sin{x_{1}} \]である。これに対応するベクトル場は成分として\[ v_{1}=x_{2}, \;\;\; v_{2}=-k\sin{x_{1}} \]を持つ。特異点は\( \; x_{1}=m\pi, \; x_{2}=0 \; \)である。振り子の相空間を考えるとき、平面\( \; (x_{1}, \; x_{2}) \; \)よりは円柱の表面\( \; (x_{1} \mod 2\pi, \; x_{2}) \; \)の方が自然であることに注意しよう。というのも角度を\( \; 2 \pi \; \)だけ変化させても振り子の状態は変わらないからである。
☞直線上のベクトル場
- \( U \; \)を\( \; n \; \)次元ユークリッド空間内の(開)領域、\( \; {\bf v} \; \)を\( \; U \; \)上のベクトル場とする。このときベクトル場\( \; {\bf v} \; \)によって定まる微分方程式とは方程式\[ (1) \;\;\; \dot{x}={\bf v}(x), \;\;\; x \in U \]のことをいう。領域\( \; U \; \)をこの方程式の相空間という。微分方程式は、ときに未知関数とその導関数を含む方程式だと言われることがあるが、それは間違いである。たとえば方程式\[ \dfrac{dx}{dt}=x(x(t)) \]は微分方程式ではない。
- 微分方程式(1)の解とは、実\( \; t \; \)軸の区間\( \; I=\{t \in {\bf R}, \; a<t<b\} \; \)から相空間への微分可能写像\( \; \phi \; : \; I \longrightarrow U \; \)で\[ \left. \dfrac{d}{dt} \right |_{t=T}\phi (t)={\bf v}(\phi(T)) \]を、任意の\( \; T \in I \; \)に対して満たすものをいう。言い換えると、\( \; t \; \)の変化に応じて点\( \; \phi (t) \; \)は\( \; U \; \)内を動くが、その各瞬間\( \; T \; \)における速度が、与えられた瞬間において動点の占める点\( \; x=\phi (T) \; \)における場\( \; {\bf v} \; \)のベクトル\( \; {\bf v}(x) \; \)に等しくなければならない。
- 写像\( \; \phi \; \)による区間\( \; I \; \)の像を微分方程式(1)の相曲線という。
- 点\( \; t_{0}, \; a<t_{0}<b \; \)における微分方程式(1)の解\( \; \phi \; : \; I \longrightarrow U \; \)の値が\( \; x_{0} \; \)であるとしよう。すなわち時刻\( \; t_{0} \; \)に相曲線が点\( \; x_{0} \; \)を通過するとする。このとき\( \; \phi \; \)は初期条件\[ (2) \;\;\; \phi (t_{0})=x_{0}, \;\;\; t_{0} \in {\bf R}, \; x_{0} \in U \]を満たすという。
- \( x_{0} \; \)がベクトル場の特異点で、\( \; {\bf v}(x_{0})=0 \; \)であれば、\( \; \phi =x_{0} \; \)は初期条件(2)を満たす方程式(1)の解である。このような解は平衡位置または定常解と呼ばれ、点\( \; x_{0} \; \)はそれ自体ひとつの相曲線である。
- 一般に、ベクトル場についての知識から、微分方程式の解を完全に求めることは不可能である。それが可能なケースで基本的なのは、\( \; n=1 \; \)のとき、つまりベクトル場が直線上に乗っている場合だ。以下これを詳しく見ていこう。
- 直積\( \; {\bf R} \times U \; \)を方程式(1)の拡大相空間、(1)の解のグラフを積分曲線と呼ぶ。
- いまの場合(\( \; n=1 \; \))、拡大相空間は\( \; t \; \)軸と\( \; x \; \)軸の直積内にある帯状領域\( \; {\bf R} \times U \; \)である。いま拡大相空間内の各点\( \; (t, \; x) \; \)に、その点を通る直線で、傾きが\( \; t \; \)軸の正の向きとなす角が\( \; \tan{{\bf v}(x)} \; \)に等しいものを引く。結果として得られた直線の族を、方程式(1)に伴う方向場または単に方向場\( \; {\bf v} \; \)という。
- 各積分曲線はその各点で方向場\( \; {\bf v} \; \)に接している。
命題13. 逆に方向\( \; {\bf v} \; \)にその各点で接しているような曲線は積分曲線である。
証明。そのような曲線を\( \; \phi (t) \; \)とする。拡大相空間の各点\( \; (t, \; x=\phi (t)) \; \)での\( \; \phi \; \)のグラフの傾きは\( \; d\phi/dt \; \)であり、これは仮定から\( \; {\bf v}(\phi (t)) \; \)に等しい。すなわち\[ \dot{\phi}={\bf v}(\phi). \](証明終)
- (1)の解は対応する積分曲線が点\( \; (t_{0}, \; x_{0}) \; \)を通るとき、またそのときに限って初期条件(2)を満たす。つまり(2)を満たす(1)の解を見つけることは、\( \; (t_{0}, \; x_{0}) \; \)を通る曲線で、各点において方向場\( \; {\bf v} \; \)に接しているものを描くことと同値である。積分曲線の傾きは与えられた水平線上で等しいことに注意しよう。実際\( \; x=\phi (t)=(\mathrm{c onst}.) \; \)とすると、\[ \dot{\phi}={\bf v}(\phi (t))=(\mathrm{c onst}.) \]
問題14. \( x=\tan^{-1}{t} \; \)が方程式(1)の解だとすると、\( \; x=\tan^{-1}{(t+1)} \; \)もまた解であることを示せ。
解答。命題5において、\( \; s=-1 \; \)として適用すればよい。(解答終)
定理Ⅰ. \( {\bf v} \; : \; U \longrightarrow {\bf R} \; \)を実軸上の区間\[ U=\{x \in {\bf R} : \; \alpha<x<\beta \}, \;\;\; -\infty \leq \alpha < \beta \leq +\infty \]で定義された微分可能関数とすると、
1)各\( \; t_{0} \in {\bf R}, \; x_{0} \in U \; \)に対し、初期条件(2)を満たす方程式(1)の解\( \; \phi \; \)が存在する。
2)初期条件(2)を満たす方程式(1)の任意の二解\( \; \phi_{1}, \; \phi_{2} \; \)は、点\( \; t=t_{0} \; \)のある近傍で一致する。
3)初期条件(2)を満たす方程式(1)の解\( \; \phi \; \)は次の公式(3)によって与えられる:\[ \begin{cases} t-t_{0}=\int_{x_{0}}^{\phi (t)}\dfrac{d\xi}{{\bf v}(\xi)} & if \;\;\; {\bf v}(x_{0}) \neq 0, \\ \phi (t)=x_{0} & if \;\;\; {\bf v}(x_{0})=0. \end{cases} \]
注意。\( {\bf v}(\xi) \; \)は既知の関数なのだから、公式(3)により、\( \; \phi \; \)の逆関数\( \; \psi \; \)(\( \; t=\psi (x), \; \phi (t)=x \; \))が求積法から求まる。そうしたら陰関数定理を適用して\( \; \phi \; \)が求まることになる。公式(3)は条件(2)の下での方程式(1)の解を与える。
証明前半。もし\( \; {\bf v}(x_{0})=0 \; \)ならば、\( \; \phi (t)\equiv x_{0} \; \)は明らかに初期条件(3)を満たす方程式(1)、(2)の解である。そこで\( \; {\bf v}(x_{0})\neq 0 \; \)とすると、陰関数定理により\( \; x_{0} \; \)の十分小さな近傍で、(1)、(2)の解\( \; \phi \; \)の逆関数\( \; \psi \; \)が定義される。そしてこの近傍内でもちろん\[ \left. \dfrac{d\psi}{dx} \right |_{x=\xi}=\dfrac{1}{{\bf v}(\xi)} \]が成り立っている。仮定より\( \; {\bf v}(x_{0}) \neq 0 \; \)だから、点\( \; \xi =x_{0} \; \)の十分小さな近傍では、\( \; 1/{\bf v}(\xi) \; \)は連続であるとしてよい。よって微積分学の基本定理から、\[ \psi (x)-\psi (x_{0})=\int_{x_{0}}^{x}\dfrac{d\xi}{{\bf v}(\xi)}. \]これは点\( \; x=x_{0} \; \)の十分小さな近傍で一意的に\( \; \psi \; \)を定める(右辺が既知の関数のみからなることに注意)。\( 1/{\bf v}(x_{0}) \neq 0 \; \)なのだから、再び陰関数の定理が適用できて、\( \; \phi (t_{0})=x_{0} \; \)を満たす点\( \; t=t_{0} \; \)の十分近傍で\( \; \psi \; \)の逆関数\( \; \phi \; \)が一意的に定まる。よって条件(2)の下での方程式(1)の任意の解は、\( \; t=t_{0} \; \)の十分小さな近傍で(3)を満たす。ゆえに一意性の主張2)が示された。最後に\( \; \psi \; \)の逆関数\( \; \phi \; \)が(1)、(2)を満たすことを確かめる。\[ \dfrac{d\phi}{dt}=\left. \dfrac{d\psi^{-1}}{dt} \right |_{x=\phi (t)}= \left. \left ( \dfrac{1}{{\bf v}(x)} \right )^{-1} \right |_{x=\phi (t)}={\bf v}(\phi (t)), \;\;\; \phi (t_{0})=x_{0}. \]よって定理は「示された」。
問題15. 定理Ⅰの証明に論理の飛躍を見出せ。
解答。特異点近傍での解の一意性が示されていない。(解答終)
- \( {\bf v}=x^{2/3}, \; t_{0}=0, \; x_{0}=0 \; \)としてみよう。\( \; \phi_{1} \equiv 0, \; \phi_{2}=(t/3)^{3} \; \)が両方とも初期条件(2)を満たす方程式(1)の解であることはすぐにわかる。もちろん関数\( \; {\bf v} \; \)は微分可能関数ではないから、この例は定理Ⅰを主張通りにとれば反例とはならない。ところが前述の証明では\( \; {\bf v} \; \)の微分可能性をまったく用いておらず、\( \; {\bf v} \; \)が単に連続関数である場合にも定理が成り立つことになってしまう。よって証明はこのままでは正しくない。実際、一意性の主張2)は\( \; {\bf v}(x_{0})\neq 0 \; \)の場合に示されただけで、\( \; {\bf v} \; \)が連続関数かつ微分可能でないとき、特異点\( \; x_{0} \; \)(\( \; {\bf v}(x_{0})=0 \; \))を初期条件\( \; \phi (t_{0})=x_{0} \; \)としてもつような解に関しては一意性が成り立たない場合があるのだ。とはいうものの、\( \; {\bf v} \; \)の微分可能性までを考慮すれば、この場合でも解の一意性は保証されるのである。
- \( {\bf v}(x)=kx, \; U={\bf R} \; \)とする。(3)を用いて条件(2)を満たす(1)の形の微分方程式\[ (4) \;\;\; \dot{x}=kx, \;\;\; k \neq 0 \]を解くと、\[ t-t_{0}=\int_{x_{0}}^{\phi (t)}\dfrac{d\xi}{k\xi}=\dfrac{1}{k}\ln{\dfrac{\phi (t)}{x_{0}}} \]を得る。ここで\( \; \phi \; \)は解であって\( \; \phi (t_{0})=x_{0}>0 \; \)を満たす。ゆえに\[ (5) \;\;\; \phi (t)=x_{0}e^{k(t-t_{0})} \]が\( \; t_{0} \; \)の十分小さな近傍で成り立っている。(5)の右辺は\( \; t \; \)軸全域で定義され、任意の\( \; t \; \)に対して初期条件\( \; \phi (t_{0})=x_{0} \; \)と微分方程式(4)とを満たす、至る所微分可能関数であることに注意しよう。事実Napierが指数関数を導入したのは、まさに方程式(4)の解としてだったのである。
問題16. 方程式(4)の解で条件\( \; \phi (t_{0})=x_{0}>0 \; \)を満たすものは、定義域\( \; a<t<b \; \)の全域で公式(5)によって与えられることを示せ。
解答。(5)が成り立つような\( \; t \; \)の上限を\( \; T \; \)とする。定義から\( \; t_{0} \leq T \leq b \; \)である。\( T<b \; \)だとする。\( \; \phi \; \)の満たす微分方程式から、\( \; t<T \; \)に関して\( \; \phi \; \)は特に\( \; C^{1} \; \)級であるから\[ \lim_{t \to T}\dot{\phi}(t)=\dot{\phi}(T)=\lim_{t \to T}k\phi(t)=k\phi (T). \]ゆえに\( \; t=T \; \)でも(5)は成り立つ。初期条件を\( \; T, \; \phi (T) \; \)に移して同じ議論を繰り返せば、この近傍で再び(5)が成り立つことがわかる(\( \; \phi (T)=x_{0}e^{k(T-t_{0})}>0 \; \)に注意)。これを繰り返すと結局(5)は\( \; t_{0}\leq t < b \; \)で成り立つ。反対側もまったく同様である。(解答終)
- 以上の議論から、放射性崩壊とバクテリア増殖の問題は解かれたことになる。前者では物質の量は時間とともに指数関数的に減少する。放射性物質の量は時間\( \; T=k^{-1}\ln{2} \; \)後には初期状態での量の半分にまで減少することがわかる。この\( \; T \; \)を与えられた量の半減期と呼ぶ。後者の問題では、バクテリアの数は時間とともに指数関数的に増加し、時間\( \; T=k^{-1}\ln{2} \; \)後には初期状態の二倍の数になる(栄養が欠乏しない限り)。公式(5)はその他多くの問題に対する解となる。
問題17. 温度一定という仮定の下で、地表での大気の密度が半減するのはどの高さにおいてか(地表での大気の単位体積密度をおよそ1250gmとせよ)。
解答。温度一定なのだから、圧力はその高さでの密度に比例するとしてよい:\( \; p(h)=k\rho (h). \; \)また高さ\( \; h \; \)における圧力を計算すると、\[ p(h)=g\int_{h}^{\infty}\rho (h')dh'. \]両辺を微分して\( \; \dot{p}=-g\rho \; \)を得る。この微分方程式はまさに前で扱った形をしているから、初期条件\( \; h_{0}=0, \; \rho_{0}=1.25 \; \)を満たす解は、\[ \rho(h)=\rho_{0}e^{-gh/k} \]となる。密度が半分になるという条件を用いると、そこでの高さは\( \; H=k/g\ln{2} \; \)となる。ここで比例定数\( \; k \; \)は地表での大気圧\( \; p_{0} \; \)から求めることができて、\[ k=p_{0}/\rho_{0}=101.325/1.25=81.06 \]となるから求める標高は\[ H \sim 8.2714 \times 0.69315 \sim 5.7[\mathrm{km}]. \]これはおおよそエルブルス山の標高に等しい。(解答終)
命題18. 初期条件\( \; \phi (t_{0})=x_{0}<0 \; \)を満たす方程式(4)の解もまた、公式(5)で与えられる。
証明。まず、方向場\( \; {\bf v}(x)=kx \; \)の特異点はただ一点\( \; x=0 \; \)であって、この点の近傍では解\( \; \phi (t) \equiv 0 \; \)が一意的に定まっている(つまりひとつの積分曲線になっている)ことに注意(定理Ⅰ)。よって\( \; \phi (t_{0})=x_{0}<0 \; \)の場合、定理Ⅰの公式(3):\[ t-t_{0}=\int_{x_{0}}^{\phi (t)} \dfrac{d\xi}{k\xi} \]において、\( \; \phi (t) \; \)は\( \; t=t_{0} \; \)の十分小さな近傍で常に負である。実際もし正の値をとるとすれば、解の連続性により、ある値\( \; t=T \in {\bf R} \; \)で\( \; \phi (T)=0 \; \)となるが、これは特異点近傍での解の一意性に反する。よってこの場合も公式が適用できて、\( \; t=t_{0} \; \)の十分小さな近傍で、一意的に解\[ \phi (t)=x_{0}e^{k(t-t_{0})}, \;\;\; x_{0}<0 \]が定まる。(証明終)
- 解(5)は\( \; x_{0}\neq 0 \; \)ならばどんな\( \; t \; \)の値に対してもゼロにはならない。よって\( \; x_{0}=0 \; \)を満たすような方程式(4)の唯一の解は、定常解\( \; x_{0}\equiv 0 \; \)である。ゆえに公式(5)は微分方程式(4)のすべての解を網羅している。とくに、定理Ⅰの一意性の主張は方程式(4)では満足されている。これから微分可能なベクトル場\( \; {\bf v} \; \)についてのどんな方程式(1)も、そしてより一般的な方程式でも、解の一意性が成り立つことは簡単に推察できるだろう。\( \; {\bf v}(x)=x^{2/3} \; \)の場合に一意性が欠落したのは、この場が\( \; x=0 \; \)が近付くにつれて十分早く落ち込まないからである。ゆえに解が特異点に有限時間で辿りついてしまう。\( \; {\bf v}(x)=kx \; \)の場合、特異点に辿り着くには無限時間かかる。というのも積分曲線がそれぞれ指数関数的速さで接近するからだ。これは微分可能なベクトル場\( \; {\bf v} \; \)を持つ微分方程式の一般的な特性であって、積分曲線はそれぞれ、たかだか指数関数的速さで近付く。これが一意性の要因なのだ。とくに定理Ⅰの一意性は、一般の方程式(1)を方程式(4)の適当な形と比べることによって、容易に示せる。
定理Ⅱ. \( {\bf v}_{1}, \; {\bf v}_{2} \; \)を、実軸上の区間\( \; U \; \)で連続な関数で、\( \; {\bf v}_{1}<{\bf v}_{2} \; \)が成り立っているとする。また、\( \; \phi_{1}, \; \phi_{2} \; \)がそれぞれ微分方程式\[ (6) \;\;\; \dot{x}={\bf v}_{1}(x), \;\;\; \dot{x}={\bf v}_{2}(x) \]の解で、同一の初期条件\( \; \phi_{1}(t_{0})=\phi_{2}(t_{0})=x_{0} \; \)を満たしているとする。\( \phi_{1}, \; \phi_{2} \; \)の定義域が区間\( \; a<t<b \; \)(\( \; -\infty \leq a < b \leq +\infty \; \))だとすると、不等式\[ (7) \;\;\; \phi_{1}(t) \leq \phi_{2}(t) \]が区間\( \; (a, \; b) \; \)内の任意の\( \; t \geq t_{0} \; \)で成り立つ。
証明。不等式(7)はほとんど自明である(「のろまな騎手はより遠くまでたどり着けない」。注意したいのは、与えられた時刻での\( \; \phi_{1} \; \)の変化率は、この時刻での\( \; \phi_{2} \; \)の変化率より大きくなり得るということである)。正確には\( \; T \; \)を(7)が成り立つような\( \; t \; \)の上限としたとき、\( \; T<b \; \)ならば\( \; \phi_{1}, \; \phi_{2} \; \)の連続性によって\( \; \phi_{1}(T)=\phi_{2}(T) \; \)で、仮定から\[ \left. \dfrac{d\phi_{1}}{dt} \right |_{t=T}<\left. \dfrac{d\phi_{2}}{dt} \right |_{t=T} \]となる。これから\( \; t=T \; \)の十分小さな近傍\( \; t>T \; \)で\( \; \phi_{1}<\phi_{2} \; \)となるが、これは\( \;T \; \)が上限であったことに反する。よって\( \; T=b \; \)である。まったく同様にして任意の\( \; t \leq t_{0} \; \)に対し\( \; \phi_{1}(t) \geq \phi_{2}(t) \; \)が示せる。(証明終)
定理Ⅰの証明後半。\( x_{0} \; \)を\( \; {\bf v}(x_{0})=0 \; \)を満たす微分可能なベクトル場\( \; {\bf v} \; \)の定常解だとする。これから示すのは、初期条件(2)を満たす方程式(1)の解は一意的だということ、すなわち\( \; \phi \; \)を\( \; \phi (t_{0})=x_{0} \; \)を満たす任意の方程式(1)の解だとすると\( \; \phi \equiv x_{0} \; \)になるということである。\( \; x_{0}=0 \; \)としても一般性は損なわれない。そこで\( \; {\bf v}(0)=0 \; \)と仮定すると、ベクトル場\( \; {\bf v} \; \)は微分可能なのだから、\[ |{\bf v}(x)-{\bf v}(0)|=|{\bf v}(x)|=|{\bf v}'(0)+\varepsilon (|x|)||x|<k|x| \]なる正定数\( \; k \; \)が十分小さな\( \; |x| \; \)に対して存在する。\( \; x=0 \; \)の近くで、方程式(1)の積分曲線よりも勾配が急である方程式(4)の\( \; x=0 \; \)以外での積分曲線は、\( \; x=0 \; \)に有限時間で到達できない。このことから一意性が帰結される。以上の議論をより厳密に示すとすると以下のようになる。\( \; \phi \; \)を\( \; \phi (t_{0})=0 \; \)であるような(1)、(2)を満たす解だとする。\( \; \phi (t_{1})>0, \; t_{1}>t_{0} \; \)を仮定しよう。\( \; \phi \; \)の連続性より、区間\( \; (t_{2}, \; t_{3}) \; \)で以下の条件を満たすものが存在する。1)\( \; \phi (t_{2})=0 \; \)、2)\( \; \phi (t)>0, \; t_{2}<t \leq t_{3} \; \)、3)\( \; t_{2}<t \leq t_{3} \; \)に対して\( \; x=\phi (x) \; \)が(3)を満たす。実際、\( \; t_{2} \; \)としては\( \; \phi (\varrho)>0 \; \)を満たす\( \; \varrho<t_{1} \; \)の下限をとり、\( \; t_{3} \; \)としては\( \; t_{2} \; \)の十分小さな近傍から好きに一点を選べばよい。さて解\( \; \phi (t), \; t_{2}<t\leq t_{3} \; \)を、初期条件\( \; \phi_{2}(t_{3})=\phi (t_{3}) \; \)を満たす方程式(4)の解\[ \phi _{2}(t)=\phi (t_{3})e^{k(t-t_{3})} \]と比べることを考える。定理Ⅱによって\[ \phi (t) \geq \phi (t_{3})e^{k(t-t_{3})} \]が任意の\( \; t_{2}<t\leq t_{3} \; \)で成立している。ゆえに\[ \phi (t_{2})\geq \phi (t_{3})e^{k(t_{2}-t_{3})}>0 \]が連続性からいえる。ところがこれは\( \; \phi (t_{2})=0 \; \)であることに矛盾する。よって\( \; \phi (t_{1})=0 \; \)を満たすような\( \; t_{1}>t_{0} \; \)は存在しないことが示された。\( \; t_{1}<t_{0} \; \)で\( \; \phi (t_{1})<0 \; \)の場合も同様に示される。(証明終)
問題19. 方程式(4)との比較をすることなく、解の一意性を証明せよ。一意性の十分条件は、積分\[ \int_{x_{0}}^{x}\dfrac{d\xi}{{\bf v}(\xi)} \]が点\( \; x_{0} \; \)で発散することである。これも示せ。
解答。\( {\bf v} \; \)の特異点が点\( \; x=0 \; \)であると仮定する。初期条件\( \; \phi (t_{0})=0 \; \)を満たす方程式(1)の解で、定常解とは異なるものが存在すると仮定すると、\( \; t_{0} \; \)の近傍で\( \; \phi (t_{1})>0 \; \)なる\( \; t_{1} \; \)が存在する。ここから\( \; (t_{2}, \; t_{3}) \; \)で、以下の性質を満たす区間がとれる。1)\( \; \phi (t_{2})=0 \; \)、2)\( \; \phi (t)>0, \; t_{2}<t\leq t_{3} \; \)、3)\( \; t_{2}<t\leq t_{3} \; \)で\( \; \phi (t) \; \)は公式(3)を満たす。\( \; \phi \; \)の連続性により\( \; \lim_{t \to t_{2}}\phi (t)=0 \; \)であって、\[ t-t_{3}=\int_{\phi (t_{3})}^{\phi (t)} \dfrac{d\xi}{{\bf v}(\xi)} \]が\( \; t_{2}<t\leq t_{3} \; \)で成立している。\( \; {\bf v} \; \)の微分可能性から、\( \; |x| \; \)が十分小さいとき、\[ |{\bf v}(x)|<k|x| \]が成り立っている。ここで\( \; k \; \)は正定数である。\( \; t_{3} \; \)を\( \; t_{2} \; \)の十分近くにとれば、区間\( \; (t_{2}, \; t_{3}) \; \)で\( \; {\bf v}(\phi (t))>0 \; \)を仮定してよい。ゆえに\[ |t-t_{3}|=\int_{\phi (t)}^{\phi (t_{3})}\dfrac{d\xi}{{\bf v}(\xi)}>\int_{\phi (t)}^{\phi (t_{3})}\dfrac{d\xi}{k\xi} \]となる。ここで\( \; t \longrightarrow t_{2} \; \)の極限をとれば、\[ +\infty > |t_{2}-t_{3}|\geq \int_{0}^{t_{3}} \dfrac{d\xi}{k\xi}=+\infty. \]これは明らかに矛盾であるから、一意性が示せた。いま点\( \; x_{0} \; \)で積分\[ \int_{x_{0}}^{x}\dfrac{d\xi}{{\bf v}(\xi)} \]が発散すると仮定しよう。これは特異点に辿りつくまでの時間(二解が交わるのにかかる時間)が無限であることと同値であるから、解の一意性がいえた。(解答終)
問題20. 微分方程式\( \; \dot{x}={\bf v}(x, \; t) \; \)の解の一意性を示せ。ここで\( \; {\bf v} \; \)は微分可能であるとせよ。また初期条件\( \; \phi (t_{0})=x_{0} \; \)を満たす解\( \; x=\phi (t) \; \)の存在も仮定せよ。
解答。他に解\( \; \phi_{1} \; \)で同一の初期条件を満たすものがあると仮定する。\( \; y(t)=\phi_{1}(t)-\phi ({t}) \; \)とおくと、\[ \dot{y}={\bf v}(\phi_{1}(t), \; t)-{\bf v}(\phi (t), \; t). \]ベクトル場\( \; {\bf V}(y, \; t)={\bf v}(y+\phi (t), \; t)-{\bf v}(\phi (t), \; t) \; \)を定義すれば、\( \; y=\phi_{1}(t)-\phi (t) \; \)は初期条件\( \; y(t_{0})=0 \; \)と、微分方程式\[ \dot{y}={\bf V}(y, \; t) \]を満たす。 \( \; {\bf v} \; \)が微分可能であるから、十分小さな\( \; |y| \; \)について\[ |{\bf V}|=|{\bf v}(\phi_{1}(t), \; t)-{\bf v}(\phi (t), \; t)|<L|\phi_{1}-\phi|=L|y| \]が成立している。あとは定理Ⅰの証明後半と同じように、方程式(4)と比較して矛盾を導けばよい。(解答終)