着想メトロ

アイデアとは、世界の捉え方を再構成することで新たな価値を獲得し、さらにそれを経験によって持続させる、一連のプロセスのこと。

最小作用の原理(5)――多次元への一般化

 

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  • 前回までの議論で、一粒子かつ保存系(エネルギーが時間に関して不変である系)である場合には、作用(運動エネルギーマイナスポテンシャル・エネルギー)という量の変分を考えることで正しい方程式を導くことが出来た。
  • この記事では三次元の場合に一般化し、さらに粒子がいくつもある場合でも容易に拡張できることを示す。

 ☞三次元空間中を運動するひとつの自由粒子

 以下、成分を三つ持つ三次元ベクトルを太字にして表す。ベクトルを矢印を用いて記述する方法もあるが、見た目が煩雑になるので太字で表現する方を採用する。実際に紙に書いて計算するときは、計算ミスや誤解を無くすためにも、ベクトルであるかスカラーであるかが自分で判るように書き分けることが大切だ。

 三次元空間を扱う場合、\( \; x \; \)に\( \; y, \; z \; \)を加えた三つの位置座標が\( \; t \; \)の関数となっている。この三つの座標を成分としてもつベクトルを\( \;  {\bf x} (t) \; \)とおけば、前述の記法についての約束により、\[ {\bf x}(t)=(x(t), \; y(t), \; z(t)). \]この\( \; t \; \)を初期時間\( \; t_{1} \; \)から\( \; t_{2} \; \)まで変化させると、\( \; {\bf x}(t) \; \)は三次元空間内にあるひとつの軌道を描くことになる。

 次元が増えれば当然作用の表式も複雑になるが、ベクトル表記をこのようにしておけば自然な拡張であることが一目瞭然となる。まず運動エネルギーは、もう単なる速さ(スカラー量)\( \; v \; \)の二乗ではなく、速度ベクトル\( \; {\bf v} \; \)の内積として定義される:\[ \begin{eqnarray*} \dfrac{2}{m}\cdot \mathrm{KE} &=& {\bf v}^{2}\equiv{\bf v}\cdot{\bf v}=\dfrac{d{\bf x}}{dt} \cdot \dfrac{d{\bf x}}{dt} \\ &=& \left [ \left ( \dfrac{dx}{dt}\right )^{2}+\left ( \dfrac{dy}{dt} \right )^{2} + \left ( \dfrac{dz}{dt} \right )^{2} \right ]. \end{eqnarray*} \]ここで三次元ベクトルを時間に関して微分したものも別の三次元ベクトルになることに留意しておこう。また\[ {\bf v} \equiv (v_{x}(t), \; v_{y}(t), \; v_{z}(t)) \]とおく。もちろん\[ (v_{x}, \; v_{y}, \; v_{z})=\left (\dfrac{dx}{dt}, \; \dfrac{dy}{dt}, \; \dfrac{dz}{dt}\right ). \]誤解の余地がないときは、適宜\( \; (t) \; \)を省略して書く。だが明記はしなくても、三つの座標成分(または速度成分)が時間の関数であることは常に意識しよう。

 同様にポテンシャル・エネルギー\( \; V \; \)も三つの座標成分の関数となる。このときポテンシャル・エネルギーは「エネルギー」なのだからスカラー関数であることに注意。つまり空間の各点にひとつの「値」が対応しているのである:\[ V=V({\bf x}). \]これに対して速度ベクトルは空間の各点で三つの成分をもつベクトル関数となる。この辺りの細かい区別は問題の様子をしっかりと理解するのに大切だから、初めは煩わしいかもしれないがそこはぐっと我慢して、スカラー/ベクトルの区別をいちいち明確に把握するよう努めよう。

 以上が準備である。いま空間内に真の軌道\( \; {\bf x}^{\dagger}(t) \; \)があるとして、そこに微小なずれ\( \; {\bf r}(t) \; \)を加える。前回までの議論とアイデアはまったく同様である。ただしずれそれ自体も三次元空間内の微小ベクトルであることに注意しよう:\[ {\bf r}=(r_{x}, \; r_{y}, \; r_{z}). \]

 また始点と終点は例によって固定して考えるので、\[ {\bf r}(t_{1})={\bf r}(t_{2})={\bf 0}. \]最後のゼロはゼロ・ベクトルである。以後これらのことはいちいち断らない。

 では作用\( \; S \; \)の表式、ついでその変分\( \; \delta S \; \)を求めてみる。まず\[ S({\bf x}^{\dagger})=\int_{t_{1}}^{t_{2}} \left [ \dfrac{m}{2}\left ( \dfrac{d{\bf x}^{\dagger}}{dt} \right )^{2}-V({\bf x}^{\dagger}) \right ]dt \]は大丈夫だろう。このようにベクトル表記を太字にしておくと大分みやすい。

 次にこの真の軌道から小さくずらしてみる。上の作用は真の軌道に対する作用だから、小さなずれを軌道に加えたときの、作用に現れる一次変分はゼロとならなければならない。これが最小作用の原理であった。ポテンシャル・エネルギーについてはテイラーの公式によって\[ V({\bf x}^{\dagger}+{\bf r})=V({\bf x}^{\dagger})+\dfrac{\partial V}{\partial x}r_{x}+\dfrac{\partial V}{\partial y}r_{y}+\dfrac{\partial V}{\partial z}r_{z}+\mathrm{(second \; and \; higher \; order)} \]となる。ゆえに\[ \delta S\equiv S({\bf x}^{\dagger}+{\bf r})-S({\bf x}^{\dagger})=\int_{t_{1}}^{t_{2}}\left [m\dfrac{d{\bf x}^{\dagger}}{dt}\cdot\dfrac{d{\bf r}}{dt}-\nabla V \cdot {\bf r} \right ]dt+\mathrm{(second\;and\;higher\;order)}.\]ここで\[ \nabla V \equiv \left ( \dfrac{\partial V}{\partial x}, \; \dfrac{\partial V}{\partial y}, \; \dfrac{\partial V}{\partial z}\right ) \]であって、\( \; \nabla \; \)をナブラ・ベクトルという。ナブラ・ベクトルは微分演算子ベクトルである。すなわちそれ自体だけでは成立せず、なんらかの関数に作用して初めてその機能(微分するという機能)を発揮する。なので演算子は空っぽの状態で、関数により満たされるのを待っている。

 さてここまで来れば運動方程式の形はもう現れている。作用変分の表式中の内積部分は、内積なのだから各成分の積の和になっている。一方積分という操作は線形性をもつ、つまりいま「関数の関数(汎関数とよぶ)」\( \; I \; \)を、\[ I[f]=\int_{t_{1}}^{t_{2}}f(t)dt \]で定義すれば、\[ I[f+g]=I[f]+I[g] \]が成り立つので、内積の各項を次元ごと(つまり\( \; x \; \)は\( \; x \; \)でまとめる)個別に考えることができる。それはすなわち各次元について前回(一次元の場合)とまったく同じ議論が応用できるという意味にほかならない。

 いま言ったことが具体的にどうなるのか、実際にみてみよう。二次以上の箱は書かずにおいて、内積の部分を和の形にばらしてみると\[ \begin{eqnarray*} \delta S &=& \int_{t_{1}}^{t_{2}} \left [ m\left ( \dfrac{dx}{dt}\dfrac{dr_{x}}{dt}+\dfrac{dy}{dt}\dfrac{dr_{y}}{dt}+\dfrac{dz}{dt}\dfrac{dr_{z}}{dt}\right )-\left ( \dfrac{\partial V}{\partial x}r_{x}+\dfrac{\partial V}{\partial y}r_{y}+\dfrac{\partial V}{\partial z}r_{z}\right ) \right]dt \\ &=& \int_{t_{1}}^{t_{2}}\left [ m\dfrac{dx}{dt}\dfrac{dr_{x}}{dt}-\dfrac{\partial V}{\partial x}r_{x} \right ]dt+\int_{t_{1}}^{t_{2}}\left [ m\dfrac{dy}{dt}\dfrac{dr_{y}}{dt}-\dfrac{\partial V}{\partial y}r_{y}\right ]dt+\int_{t_{1}}^{t_{2}}\left [ m\dfrac{dz}{dt}\dfrac{dr_{z}}{dt}-\dfrac{\partial V}{\partial z}r_{z}\right ]dt \end{eqnarray*}\]となるわけだ。あとは前回やったのと全く同様に、各項に対して、部分積分で微小変化の微分を打ち消せばいい。たとえば\( \; x \; \)成分についてみてみると、\[ \begin{eqnarray*} \delta S_{x} &\equiv& \int_{t_{1}}^{t_{2}} \left [ m\dfrac{dx}{dt}\dfrac{dr_{x}}{dt}-\dfrac{\partial V}{\partial x}r_{x}\right ]dt \\ &=& m \left [ \dfrac{dx}{dt} r_{x}\right ]_{t_{1}}^{t_{2}}+\int_{t_{1}}^{t_{2}}\left [ -m\dfrac{d^{2}x}{dt^{2}}-\dfrac{\partial V}{\partial x}\right ]r_{x}dt. \end{eqnarray*} \]

 この最後の式の第一項はもちろんゼロになる。同じことを他の二つの位置座標についても行えば結局\[ \delta S=\int_{t_{1}}^{t_{2}}\left [-m\dfrac{d^{2}{\bf x}^{\dagger}}{dt^{2}}-\nabla V({\bf x}^{\dagger}) \right ]\cdot {\bf r}dt.\]最小作用の原理は一次変分がゼロとなることを要求するので\[ m\dfrac{d^{2}{\bf x}^{\dagger}}{dt^{2}}=-\nabla V({\bf x}^{\dagger}). \]これが真の軌道の満たす方程式であって、実際これは三次元空間内に分布するポテンシャル中を運動する一粒子の運動方程式と一致している。

 もちろん粒子がいくつあったとしても、まったく同様に議論できる。そしてそれは積分という操作の線形性と、ベクトルの内積の定義によって明らかなのだ。たとえば粒子が二つある場合、上のような式が二つ得られ、それぞれが各粒子の運動を記述する方程式となる。このときポテンシャルは二つの粒子の位置に依存する関数であることに注意しよう(相互作用)。

ニュートン運動方程式を導けるとはいったものの、それは正確にいうと正しくありません。なぜならニュートン方程式は摩擦力のような非保存力に対しても適用できからです。つまりどんな\( \; F \; \)でもそれは\( \; ma \; \)に等しい。これに対して最小作用の原理は保存系(力がポテンシャル関数から得られる系)にしか効力を発揮しないのです。ところが微視的レベル(すなわち物理学の最深奥)では、非保存力は存在しない――摩擦をはじめとする非保存力は、微視的複雑性を無視する場合にのみ発生するからです。巨視的レベルでは解析する粒子が多すぎるので近似せざるを得ない。しかしながら根本原理は、最小作用の原理で記述することができるのです」