着想メトロ

アイデアとは、世界の捉え方を再構成することで新たな価値を獲得し、さらにそれを経験によって持続させる、一連のプロセスのこと。

言葉は思考する(十一)――複数の言葉を話せることの利点

 

 今回もHuffpostから、外語を学ぶことの利点について述べた記事を取り上げる:Apprendre une langue étrangère: 7 raisons de parler une autre langue (ou plus)

 記事で挙げられている利点をまとめると、

  1. 未知のものに対する認知能力の向上
  2. 言葉に対する異なる視点
  3. アルツハイマー病予防
  4. 与えられた課題に対する分析力の向上
  5. 変化に対応できる脳の形成
  6. 他の言語で思考することで、より合理的な判断を下せること

となる。このうち1.と5.の項目については他の記事(異文化に接することによって世界認知が深まるという内容)でも触れた。またその元となった『文化と両義性』についての書評もぜひ参考にしてほしい。またこちらの記事も参照のこと:外国語で考えると倫理的基準が変わる:研究結果 « WIRED.jp

 最近になって、他言語を学ぶのは成人してからでも遅くはないということがわかってきた。そこで生涯学習として言語と付き合う人も増え始めている。その醍醐味はやはり、言語を介して異文化へと踏み込み、自分の世界を拡張する過程だろう。

 また言葉に対する感覚もより敏感・繊細になるし、日本語がどういう言語なのかという理解も深まる。それは言語間の差異を学べるからで、語学学習の成果は母語にそのまま跳ね返ってくる。語学にはプラスの効果しかないとぼくは考えている。それでは読解を始める。

Ⅰ C’est indéniable : parler une, voire plusieurs, langue(s) étrangère(s) est un véritable atout qui permet de voyager sans encombre dans un pays étranger, de communiquer avec des gens qu’on ne comprendrait pas autrement, de se plonger en profondeur dans une culture qui n’est pas la nôtre et, plus prosaïquement, de savoir ce que l’on commande au restaurant ! De nombreuses études démontrent aussi que la pratique d’une langue étrangère est bénéfique pour la santé, et surtout pour le cerveau. L’avantage des bilingues?

1-1. VOIRE(employé pour renforcer une assertion, une idée)とあるので、主張や考えを強めるのに使われる単語。A voire Bという構造があるとき、AとBは主張の核になっている部分で、AよりもBの方が程度の強い要素になっている。Aに留まらずB(さえも)というほどのニュアンスだろう。本文では「外語を話すことが強みになる」という主張が、誰に対してあてはまるのかが程度の強さを決めている。つまり「ひとつの外語を話す人」よりも「二つ以上の外語を話す人」の方が当然少ないから、主張の程度が強いのは後者ということになる。

1-2. SANS ENCOMBRE(sans rencontrer d'obstacle, sans ennui, sans incident)だから「無事に、支障なく、困難なく」という意味。発音するときにはリエゾンすることに注意しよう([z]の音が出てくる)。

1-3. PROSAIQUE(qui manque d'élégance, de distinction, de noblesse)なので「俗な、平凡な」ということ。

1-4. DEMONTRER(établir la vérité de qqch d'une manière évidente et rigoureuse; prouver par démonstration; fournir une preuve de)なので「明確かつ厳格な仕方で真実を打ち立てること、論証により示すこと、証拠を与えること」とある。ここでは最後の意味で、「数々の研究が示すところでは」ということ。

Ⅰ 外語を話せることが真の強みであることは確実だろう:外国を快適に旅できて、他国の人とのコミュニケーションが可能になり、自分の属さない文化圏へと深く踏み入ることができる。もちろん、レストランで注文したものが何なのかもわかる。数々の研究によると、外語を実践することが健康、特に脳へいい影響をもたらすことが明らかになっている。バイリンガルであることの利点とは?

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Dream

夢は生き抜くことができる

 まずは以下の動画を見ていただきたい。その際この動画を、音として、音のリズムとして味わってほしい。これはある有名な人物のスピーチを動画としてまとめたものである。

 以下に日本語訳を載せておくが、文字に固定されてしまうとその魅力は激減する。ほとんど月並みなことを言っているとさえ感じられてしまうのだ。でもこの人のスピーチを実際に見てぼくは感動したし、心を揺さぶられた。それを与えるのはその人の放つ「肉声」なのだ。だから訳の方は「大体こんなことを言っている」程度におさえておいて欲しい。

Dream - Motivational Video - YouTube

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言葉は思考する(十)――機械は人たり得るか

 Huffpostから、あるコンピュータがチューリング・テストに合格したという内容の記事である:Test de Turing: pour la première fois, un logiciel arrive à se faire passer pour un humain

 ギガジンの記事も参照のこと:史上初のチューリングテスト合格スパコンが登場、コンピュータの「知性」を認定 - GIGAZINE

 (追記2014/06/13)問題のプログラムがチューリング・テストを通過したと断ずるのは、いささか早計だと指摘する学者もいる:

史上初のチューリングテスト合格者「Eugene」はテストに合格していないと著名な専門家たちが指摘 - GIGAZINE

だが肝心なのは、この快挙が、人間がどのように騙され得るのかを理解するための第一歩となったことにある。この記事の本文でKevin Warwick氏が指摘しているように、「プログラムが真に人間の知性を持っているか」ではなく、「いかにして人間の知性を持っているように見せかけられるか」という問いに対する理解を深めたという点が大事なのだ。

 チューリング・テストとは、アラン・チューリングが考案した、機械が人工知能であるかどうかを判定するテストである。審査する者はテキストによる会話を、もう一人別の人間と、審査対象である機械とで行う。もし審査する者が、相手が人間であるか機械であるか判断できなかった場合、機械は人工知能だと判定される。機械の方は人間であると思わせる必要があるので、当然試験をパスするのは至難の業となる。そして今回の記事で驚くべきは、会話のテーマがまったく決まっていない状態で、問題のコンピュータは人間相手に自分が人間だと思わせたということだ。

 このニュースを聞いて、知能爆発(技術的特異点)のことを思い浮かべる人も多いはずだ。人間を超える知性が誕生して、その知性が新たにより高度な知性を創造したら? 人間の理解を遥かに超越した規模の知性が人類の上に君臨し、人間を虐げるかもしれない、そういう懸念があるのだ。映画『トランセンデンス』の公開ももう間近に迫っている。


映画『トランセンデンス』予告編 - YouTube

 個人的に、人類の知性を上回るような存在を人類が創出する心配はないと思っている。ぼくが思う人間の知性は、現実との直接の接触(五感による体験)を源泉にするものだからだ。人工知能は肉体を持たない。これが最大の長所であり短所だ。

 人工知能は大量のデータを記憶できるかもしれない。驚異的な速度で計算できるかもしれない。だが彼は決して「過去を思い出す」ことはできないだろう。これがぼくの考える人間の知性の一端だ。過去の体験を思い出すとき、わたしたちはいつも現実との接触を介す。それは単なる記憶の呼び起こしではなくて、過去に体験した繊細かつ巨大な構築物をいま現在に再び甦らせ、生きぬく行為なのだ。これについてはこちらの記事も是非参照してほしい。『文化と両義性』の書評である。また数学の限界についてはこちらの記事も参照のこと。

 人間は肉体を持っているから有限であって限界がある。ただこの肉体によって、無限の可能性をもたらす「可塑性」を手に入れた。それは現実世界の多様性があるからにほかならない。それはわたしたちの世界の認識が多様であって、しかも固定的ではなく、つねにたゆたいながら新たな世界地平を探求し開拓していけるからだ。1と0の羅列でこの世界は理解できない。そんなに現実は薄くないどころか、無限の深さと広さをもつ。ぼくはそう信じていたほうが心身豊かでいられると思うし、なによりそうでないと面白くない。

 またチューリングチューリング機械でよく知られた偉大な数学者である。第二次世界大戦において、敵国が発信する情報は暗号化されていた。これを解読することは、相手の出方を予測し戦争を有利に進めるために必要不可欠だった。この暗号解読に、数学者が駆り出されたのもこの時代だった。

 暗号解読と人間の歴史は非常におもしろい。この辺りの様子を詳しく知るには、サイモン・シンの『暗号解読』がいいだろう。以下でも本文の一部を引用する。では読解に入る。

暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで

暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで

 

 

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動的境界

書評に挑戦してみる

 書評をしている方は数多いが、おもしろいのはなるべく書籍の内容を尊重し紹介すると同時に、自分の主観的意見を有機的な形で結び付けていく過程だと思う。というのは、書籍の内容をその「部分」だけ述べて紹介する場合、もちろんその魅力を十分伝えられないし、そもそも本がおもしろいという事実は、いつもその人の個人的体験に結びついているはずだからだ。なのでこの本はこういう本だ、と紹介する段階で、随所に紹介者の主観的意見が織り混ざることになる。この意味でそれを閲覧する人々は紹介者の物語を聞くわけだ。書評の役目は、どのように個人的経験を共感できる形で伝え、それを書籍の価値へと転換できるか、という点にある。

山口昌男『文化と両義性』

 今回紹介させていただく書籍は、山口昌男著『文化と両義性』である: 

文化と両義性 (岩波現代文庫)

文化と両義性 (岩波現代文庫)

 

 

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言葉は思考する(九)――記憶を消去し、再び蘇生する

 Huffpostから、ラットの記憶を消去し、それを再び蘇らせることに成功したという記事である:Effacer des souvenirs, puis les recréer: des scientifiques y sont parvenus chez des rats

 記憶のメカニズムはいまだよくわかっていないが、それでも近年急速に進歩している分野だ。脳を構成するニューロン(神経細胞)は独自のネットワークをつくりあげ、他のニューロンと信号のやりとりをしている。このやりとりを担う結合部分がシナプスと呼ばれる間隙である。

 このシナプスが外部の刺激によって活性化すると(つまりそのシナプスが結合している神経細胞のつながりが強化されると)、次に似たような刺激が入力されたときより効率的に反応できるようになる。また逆につながりが弱まって、入力に対して反応しにくくなるシナプスも存在していることがわかっている。これはまさに人間の学習と忘却の過程を想起させる現象だろう。

 いずれにしろ脳の解明は人類の急務になっている。この研究成果がヒトに応用される日もそう遠くないと思われる。では読解を始める。

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