着想メトロ

アイデアとは、世界の捉え方を再構成することで新たな価値を獲得し、さらにそれを経験によって持続させる、一連のプロセスのこと。

言葉は思考する(十)――機械は人たり得るか

 Huffpostから、あるコンピュータがチューリング・テストに合格したという内容の記事である:Test de Turing: pour la première fois, un logiciel arrive à se faire passer pour un humain

 ギガジンの記事も参照のこと:史上初のチューリングテスト合格スパコンが登場、コンピュータの「知性」を認定 - GIGAZINE

 (追記2014/06/13)問題のプログラムがチューリング・テストを通過したと断ずるのは、いささか早計だと指摘する学者もいる:

史上初のチューリングテスト合格者「Eugene」はテストに合格していないと著名な専門家たちが指摘 - GIGAZINE

だが肝心なのは、この快挙が、人間がどのように騙され得るのかを理解するための第一歩となったことにある。この記事の本文でKevin Warwick氏が指摘しているように、「プログラムが真に人間の知性を持っているか」ではなく、「いかにして人間の知性を持っているように見せかけられるか」という問いに対する理解を深めたという点が大事なのだ。

 チューリング・テストとは、アラン・チューリングが考案した、機械が人工知能であるかどうかを判定するテストである。審査する者はテキストによる会話を、もう一人別の人間と、審査対象である機械とで行う。もし審査する者が、相手が人間であるか機械であるか判断できなかった場合、機械は人工知能だと判定される。機械の方は人間であると思わせる必要があるので、当然試験をパスするのは至難の業となる。そして今回の記事で驚くべきは、会話のテーマがまったく決まっていない状態で、問題のコンピュータは人間相手に自分が人間だと思わせたということだ。

 このニュースを聞いて、知能爆発(技術的特異点)のことを思い浮かべる人も多いはずだ。人間を超える知性が誕生して、その知性が新たにより高度な知性を創造したら? 人間の理解を遥かに超越した規模の知性が人類の上に君臨し、人間を虐げるかもしれない、そういう懸念があるのだ。映画『トランセンデンス』の公開ももう間近に迫っている。


映画『トランセンデンス』予告編 - YouTube

 個人的に、人類の知性を上回るような存在を人類が創出する心配はないと思っている。ぼくが思う人間の知性は、現実との直接の接触(五感による体験)を源泉にするものだからだ。人工知能は肉体を持たない。これが最大の長所であり短所だ。

 人工知能は大量のデータを記憶できるかもしれない。驚異的な速度で計算できるかもしれない。だが彼は決して「過去を思い出す」ことはできないだろう。これがぼくの考える人間の知性の一端だ。過去の体験を思い出すとき、わたしたちはいつも現実との接触を介す。それは単なる記憶の呼び起こしではなくて、過去に体験した繊細かつ巨大な構築物をいま現在に再び甦らせ、生きぬく行為なのだ。これについてはこちらの記事も是非参照してほしい。『文化と両義性』の書評である。また数学の限界についてはこちらの記事も参照のこと。

 人間は肉体を持っているから有限であって限界がある。ただこの肉体によって、無限の可能性をもたらす「可塑性」を手に入れた。それは現実世界の多様性があるからにほかならない。それはわたしたちの世界の認識が多様であって、しかも固定的ではなく、つねにたゆたいながら新たな世界地平を探求し開拓していけるからだ。1と0の羅列でこの世界は理解できない。そんなに現実は薄くないどころか、無限の深さと広さをもつ。ぼくはそう信じていたほうが心身豊かでいられると思うし、なによりそうでないと面白くない。

 またチューリングチューリング機械でよく知られた偉大な数学者である。第二次世界大戦において、敵国が発信する情報は暗号化されていた。これを解読することは、相手の出方を予測し戦争を有利に進めるために必要不可欠だった。この暗号解読に、数学者が駆り出されたのもこの時代だった。

 暗号解読と人間の歴史は非常におもしろい。この辺りの様子を詳しく知るには、サイモン・シンの『暗号解読』がいいだろう。以下でも本文の一部を引用する。では読解に入る。

暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで

暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで

 

 

 

Ⅰ Le monde de l'informatique est en effervescence. La faute à Eugène Goostman, un adolescent de 13 ans. Sa particularité? Être un programme informatique et non un être humain.

 1-1. EFFERVESCENCE(bouillonnement d'un liquide produit par un dégagement de bulles gazeuses, lorsqu'on y introduit une substance effervescente; agitation, émotion vive mais passagère)だから元の意味は「泡立ち」で、そこから転じて「一時的な興奮、熱狂状態」を指すようになった語。

☞fauteは否定的な意味で用いられることが多いが、ここでは「責任」というニュアンス。ただここで原義どおりに取ると、「情報科学界を熱狂の渦に巻き込んだ、たった13歳の青年」というふうな、少年の「いたずら」という意味合いも読み取れる。

Ⅰ いま情報科学界は沸いている。その原因となったのはたった13歳の青年Eugène Goostmanである。彼の特徴は、コンピュータプログラムであって、人間ではないことだ。

Ⅱ Samedi 7 juin, pour la première fois, ce logiciel est parvenu à se faire passer pour un humain, réussissant ainsi le test de Turing. Établi en 1950 par le mathématicien britannique du même nom, Alan Turing, ce test d'intelligence artificielle évalue la capacité à "penser" et à s'exprimer d'une machine. Pour réussir ce test, l'ordinateur doit tromper au moins 33% de ses interlocuteurs humains grâce à un échange de textes. La conversation n'est pas limitée au sens où les sujets de discussion ne sont pas définis en amont.

2-1. PARVENIR A(arriver à; réussir à)。

2-2. PASSER POUR(être considéré, regardé comme, avoir la réputation de)だから「~でとおる、と思われる」という意味。ただし本文ではse faire passer pourとなっているので、「~だと思わせる」という意味になる。「だます」わけだ。

2-3. AMONT(ce qui vient avant le point considéré, dans un processus technique ou économique)なので「上流部分」という意味の専門用語だと思われる。ここではプログラムを組む上で前提となる部分のことを指すのだろう。

☞d'une machineは文の最後に置かれているが、capacité d'une machineである。

Ⅱ 六月七日土曜日、このプログラムは歴史上初めて自身を人間だと思わせることに成功し、チューリング・テストに合格した。1950年に同名のイギリス人数学者アラン・チューリングによって考案されたこの人工知能テストは、機械がどの程度思考し自己を表現できるかを評価する。この検査をパスするには、計算機がテキスト交換によって、人間の対話者のうち少なくとも33%に「人間だ」と誤認させなければならない。このテキストによる会話は、話題が事前に設定されていないという意味で制限の無いものだった。

Ⅲ Organisée par la Royal Society, l'expérience mettait en compétition cinq programmes différents. Eugène Goostman, un logiciel créé par un Russe, Vladimir Veselov, et un Ukrainien, Eugene Demchenko, a donc réussi cet exploit. "Notre idée directrice était qu’il puisse affirmer qu’il connaissait tout, mais son âge rendait parfaitement vraisemblable qu'il ait des lacunes. Nous avons passé beaucoup de temps à développer un personnage avec une personnalité crédible", a indiqué Vladimir Veselov interrogé par The Independant.

3-1. LACUNE(manque, insuffisance)だから「(知識の)不備、欠落」。

3-2. CREDIBLE(qui est digne de confiance, mérite d'être cru)だが、ここでは後者の意味。「信憑性のある」。

☞qu'il ait des lacunesの部分は従属節が接続法になっている。これはle fait qu'il avait des lacunesによって置き換えられる。「不備があるということ」。

Ⅲ 王立協会によって実施されたこの試験では五つのプログラムが競い合った。その中で、ロシア人Vladimir Veselovとウクライナ人Eugene Demchenkoによって作られたプログラムEugène Goostmanが、結果的にこの快挙を成し遂げたのだ。「目論見は彼がすべてを知っていると主張できることでしたが、知識に不備があることは、彼の年齢を加味するとまったく現実味のあるものになったのです。信憑性のある人格を備えた人物を築き上げるのに多大な時間を費やしました」と、インデペンデント紙のインタビューを受けたVladimir Veselov氏は語る。

Ⅳ Kevin Warwick, professeur à l'Université de Reading et vice-recteur à la recherche à l'Université de Coventry a salué cette prouesse. "Dans le domaine de l'intelligence artificielle, il n'y a pas de jalon plus emblématique et controversée que le test de Turing. Avoir un ordinateur qui peut tromper une personne de la sorte est un appel à se réveiller face à la cybercriminalité. Le test de Turing est un outil essentiel pour lutter contre cette menace. Il est important de mieux comprendre comment en ligne, la communication en temps réel peut influencer un individu humain au point de lui faire croire que quelque chose est vrai... alors qu'en fait il ne l'est pas".

4-1. RECTEUR(chef d'une université; chancelier)とあるから大学総長のことだが、念のためKevin Warwick氏のプロフィールを調べたところ、英語でvice-chancellorとなっていた。なので「Conventry大学の研究部門副大学区長」となる。

4-2. SALUER(adresser, donner une marque extérieure de reconnaissance et de civilité, de respect, à qqn)だから、「敬意、認知を表明するために、外から見てわかるようなサインを送る」こと。結局「挨拶する」となるが、ここでは「称える、称賛する」という意味。

4-3. JALON(ce qui sert à situer, à diriger)なので「位置づけたり、導いたりするのに役立つもの」、「道標、道案内、目印」。

4-4. EMBLEMATIQUE(qui représente (qqch, une idée) de manière forte)。「象徴的」。

4-5. CONTROVERSE(discussion argumentée et suivie sur une question, une opinion)なので「ある疑問とか見解についての、持続的な論議」。「論争、議論の的」。

4-6. DE LA SORTE(de cette façon; ainsi)。「そのように」。

4-7. APPEL A (動詞)の形については、APPELER (人) A (動詞)の構文を思い出そう。

4-8. CYBERCRIMINALITE(ensemble des délits et des actes criminels commis par l'intermédiaire des réseaux informatiques)だから「情報通信網を介した犯罪行為の全体」。「サイバー犯罪」。

☞最後のil ne l'est pasのl'は形容詞vraiを置き変えたもの。

4-9. AU POINT DE (動詞)は「~するほどに」。

Ⅳ レディング大学教授で、コヴェントリー大学研究部門副大学区長でもあるKevin Warwick氏はこの快挙を称賛する。「情報科学界では、チューリング・テストはひとつの指標であって、これほど象徴的かつ物議を醸したものもないでしょう。人をこのような形で誤った判断へと導くことのできる計算機の存在することがわかったいま、わたしたちはサイバー犯罪の脅威と向き合わなければなりません。チューリング・テストはこの脅威に対抗するために必要不可欠なツールです。インターネットにおいてリアルタイムで進行するコミュニケ―ションが及ぼす作用によって、どのように人間が実際には偽りであるものを本当だと誤認してしまうのか、この仕組みをよりよく理解することが重要なのです」

Ⅴ Alan Turing, considéré comme le père de l'informatique moderne, s'était vu accorder en décembre 2013 la grâce royale à titre posthume, plus de 60 ans après sa condamnation pour homosexualité.

5-1. SE VOIR (動詞)は受動態で「~される」。行為を受ける主体(つまり受動態文の主語)が、行為の直接目的語でなくてもよい。

☞フランス語では間接目的語を英語のように受動態にはできない。この文だとaccorderの直接目的語は恩赦であって、主語のアラン・チューリングは間接目的語になっている。そこでアラン・チューリングを主語にする場合はこのse voirという構文を用いる。

☞イギリス政府がこの死後恩赦を発効したときの詳しい様子はこちらの記事を参照のこと。

Ⅴ 現代情報科学の父と称されるアラン・チューリングは、同性愛による有罪判決の後60年以上経った2013年12月、英国政府から正式に死後恩赦を授与された。

Ⅵ Considéré comme "l'Einstein des mathématiques", ce pionnier de l'informatique est mort en 1954 à l'âge de 41 ans, empoisonné au cyanure, sans que la thèse généralement retenue du suicide n'ait jamais été formellement prouvée. Il avait été condamné deux ans plus tôt pour "outrage aux bonnes mœurs" et contraint à la castration chimique en raison de son homosexualité, illégale au Royaume-Uni jusqu'en 1967.

6-1. THESE(proposition ou théorie particulière qu'on tient pour vraie et qu'on s'engage à défendre par des arguments)だから「真実だと考えてその正当性を議論によって擁護する特定の命題、主張、論理」。ここでは「説」でいいだろう。

6-2. OUTRAGE(acte gravement contraire à une règle, à un principe)なので「ある規則とか原則に著しく違反する行為」のこと。「侮辱、猥褻罪」。

6-3. MOEURS(habitudes d'une société, d'un individu relatives à la pratique du bien et du mal)。「善悪の価値を担った共同体もしくは個人の慣習」。「風俗」。

6-4. CASTRATION(opération par laquelle on prive un individu, mâle ou femelle, de la faculté de se reproduire)だから「性的不能にするための処理」。

☞Einsteinに定冠詞がついているのは、これを固有名詞としてではなく、「アインシュタインに匹敵する者」という意味の名詞で用いているからである。

Ⅵ 情報科学の草分け的存在であり、数学界のアインシュタインとまで言われたアラン・チューリングは1954年、青酸中毒によって41歳の若さでこの世を去った。世間では自殺だという説が一般であるが実証はされていない。彼はその二年前「良俗への背反行為」の廉で有罪判決を受け、同性愛者であるという理由で、薬剤処置により性的不能にさせられた。1967年まで英国では同性愛は違法であった。

Ⅶ Pour le grand public, son plus haut fait d'armes est d'avoir réussi à "casser" les codes de la machine Enigma utilisés par les sous-marins allemands croisant dans l'Atlantique Nord pendant la Seconde Guerre mondiale. Certains historiens estiment que ce coup de génie a précipité la chute d'Hitler, qui autrement aurait pu tenir un ou deux ans de plus.

7-1. LE GRAND PUBLIC(l'essentiel, la majeure partie du public)なので「大衆」。

7-2. FAIT D'ARMESは成句であって「武勲」という意味。HAUTS FAITSが「勲功」を意味することにも注意しよう。歴史が感じられる表現である。

7-2. CROISER(aller et venir dans un même parage, en parlant d'un navire)だから「船がある海域内を巡航する」ことを指す。もちろん巡航するのはこの場合ドイツ潜水艦だ。

7-3. PRECIPITER(faire aller plus vite)なので「早める」。

Ⅶ 多くの人にとって彼の一番の手柄は、第二次世界大戦中、北大西洋を巡航するドイツ軍潜水艦が使用していたエニグマ機の暗号を打ち破ったことだろう。この天才的所業がなかったら、ヒトラー政権の失墜があと一、二年遅れていただろうと推測する歴史家もいる。

  最後に冒頭に挙げた『暗号解読』から、チューリングエニグマ暗号機を解読しようと奮闘している場面を抜き出してみよう。

 チューリングは解読済みのメッセージが大量にたまっていること、そしてそれらの多くは定型をもつことに気づいた。それら解読済みのメッセージを詳しく調べたところ、送信された時刻と場所がわかれば、未解読のメッセージが部分的ながら解読できるとチューリングは確信した。たとえばドイツ人は、毎日午前六時過ぎに、気象情報を暗号化して送信することが経験的にわかっていた。そこで午前六時五分に暗号化されたメッセージが傍受されれば、そこにはドイツ語で"天候"を意味するwetterという言葉が含まれているとみてほぼ間違いない。軍隊というものは厳格な規則にしたがおうとするものだから、こうしたメッセージも判で押したようになりがちだ。そんなわけでチューリングは、wetterという言葉が、暗号化されたメッセージのどこにあるかまではほぼ確信することができたのだった。たとえば、暗号文では最初の六文字がwetterに対応するはずだと確信できたとしよう。平文の一部と、暗号文の一部とが結びついたとき、その結びつきを"クリブ(カンニングペーパーの意味)"という。

 チューリングは、クリブを使えばエニグマを解読できると考えた。暗号文があって、その一部、たとえばETJWPXがwetterを表していることがわかったとすると、次の問題はwetterをETJWPXに変換するようなエニグマ機の設定を突き止めることだ。すぐに思いつく方法は、エニグマ機にwetterを打ち込んで正しい暗号文が出てくるかどうかを見ることだろう。もし出てこなければ、プラグボード・ケーブルを差し替えたり、スクランブラ―を交換したり、向きを変えたりしてエニグマ機の設定を変更し、もう一度wetterと打ち込む。それでも正しい暗号文が出てこなければ、正しい暗号文が出てくるまで設定を変え続ければよい。ところがここに一つの問題があった。チェックすべき設定は159000000000000000000通りもあり、wetterをETJWPXに変換する設定を見つけるなど到底できそうにないことである。(『暗号解読』p233-234.)

 この後も彼は知恵を絞る。実際にチューリングがこうした仕方で解読までこぎつけたかどうかはわからないが、アプローチの方法としては近いだろう。詳しく知りたい方は是非本書を手にとって頂きたい。