着想メトロ

アイデアとは、世界の捉え方を再構成することで新たな価値を獲得し、さらにそれを経験によって持続させる、一連のプロセスのこと。

単語ではなく、伝えたい内容にグローバルな対応をつける

 もうすぐ人生初の通訳としての仕事が控えている。通訳をする上で難しいのは、日本語で述べられた内容をフランス語に変換するプロセスだ。この逆の過程は、よほど聴解力が劣らない限り母語の力で精確さを補うことができるから、それほど苦労はしない。

 僕は話すより書くほうが、また聴くより読むほうが得意であって、この点を考慮して翻訳という作業から入ろうとしたのはごく自然な成り行きだった。通訳は音を、翻訳は文字を入出力するが、両者の間に密接な関係があるのは、中級以上の学習者であればおのずと明らかなことだと思う。また通訳は翻訳に比べ、短時間で正確性を追求しなければならないから、訓練による習熟が不可欠な分野だ。

 一見まったく異なるこの二つの技術にも、ある共通点がある。それは訳出の過程が逐語的ではなく、話者の伝えたい「アイデア」というグローバルな対応のなかにあるということだ。細かい点は別として、アイデアの段階ならばどの言語にもある程度の正確さで訳出できるのは、納得のいくことだろう。

 例として日本語→フランス語の場合を考えてみる。日本語を母語とする話者がある発言をしたとする。これを日本人通訳者は瞬時に理解し、音という定形から、アイデア(話者の伝えたいこと)という不定形のものへと変換する。これは日常でわたしたち日本人が繰り返していることである。そしてここからが通訳者の必要とされる領域だ。つまり理解し獲得したアイデアを、再度フランス語という「形」に出力するのである。この部分で訳者のフランス語の能力が問われる。訳者の語彙が十分豊かであって、また訓練のうちにアイデアを音に変換する作業がほとんど反射的速さに近付いたとき、初めて金をもらえる仕事ができる。イデアという中間項の存在をおろそかにせず、望めるだけの正確さで把握すること、これが訳出の第一歩であり、意外と手を抜いてしまう作業なのである(とくに日本語→フランス語の場合)。

 語彙の豊かさはそのまま網の目の細かさにたとえることができる。アイデアをその網ですくおうとするとき、目が粗ければそれほど正確さの失われる情報が多く、話者の意図していた内容との間に溝ができる。逆に網が十分細やかであれば、それだけ話者の意図を尊重した訳を打ち出すことができる。それでは具体的にどう訓練したらいいのか。この問いに答えてくれるのが、『表現モデル』という概念である。

現代仏作文のテクニック

現代仏作文のテクニック

 

  今回の記事の目的は本書を紹介することにあった。筆者の大賀正喜氏が提案するのが、先に述べた「表現モデル」という武器である。生きたフランス語をたくさん読んでこの武器を充実させ、それを作文に生かすというのが氏のスタイルである。ここに読解という入力と、作文という出力の間の緊密な関係をみることができる。

 50の比較的長い例文(大部分は中学高校の教科書、または『現代用語の基礎知識』から引用されている)を題材とし、訳し筋を細かく丁寧に解説する。フランス語に訳しにくい日本文があるとき、文字という形式にとらわれずいかにうまくその裏に「表現モデル」を見透かすかが、訳出の鍵になると氏は言う。

 日常のフランス語の大部分が、この表現モデルを充填する各単語をある許容範囲内で挿げ替えることによって成り立っている、というのが筆者の慧眼である。たとえば数の増減といった普遍的な内容を表現するのに、核となる部分はこの表現モデルにより統一的に把握できるのである。個々の表現モデルについては本書を覗いてもらうことにして、ここでは筆者が主張する、語学学習において大切な心構えを述べたい。

 1 表現モデルの獲得という問題意識のもと、読書を通して生きたフランス語を吸収し続け、語感を新鮮に保ち、武器庫を充実させることによって初めて作文の力が向上するということ。そして逆に、作文をすることで問題意識が喚起され、読書の仕方もきめ細かになっていくという事実を忘れないこと。この二つの作業を絶えず往復することで、フランス語の能力は飛躍的に高まる。

 2 単語と単語を一対一に結び付けようとしないこと。訳をするときはいつも、アイデアという中間項を通してグローバルな対応をつけること。

 3 単語のみを記憶するのではなく、その単語が表現モデルの中でどのように運用されるのかを知ること。またある表現モデルを知ったとき、そのモデルを充填する各単語がどの単語と交換可能なのか、その許容範囲の目星をつけること。

 筆者は実際に多くの生徒を前に教鞭をとっており、翻訳の経験も豊富である。そのようなキャリアのなか築かれた表現モデルという武器の威力は、次の著作で理解できる:

和文仏訳のサスペンス―翻訳の考え方

和文仏訳のサスペンス―翻訳の考え方

 

  メランベルジェ氏は日本語を巧みに操るフランス語教師である。この方と大賀氏が、共通の例文を訳出しその差異の由来を検討しようというものである。これをみるとわかるように、大賀氏の訳はフランス人のそれとほとんど違わないのである。これは驚くべきことだ。締めくくりに大賀氏の印象的な言葉を引用しておく。

 私はいまだに仏作文に苦しめられていますが、ときどきふっと夏目漱石の「夢十夜」に出ているつぎのような話を思いだします。運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいるというので見に行くと、見物人の評判には委細頓着なくのみと槌を動かして、仁王の顔あたりをしきりに彫り抜いている。無造作にのみをふるっているその下から、小鼻のおっ開いた怒り鼻の側面がたちまち浮き上ってくる。「能くああ無造作にのみを使って思ふ様な眉や鼻が出来るものだ」と感心して独りごとを言うと、そばに居た男が「なにあれは眉や鼻をのみで作るんぢゃない、あの通りの眉や鼻が木の中に埋ってゐるのをのみと槌の力で掘り出す迄だ。丸で土の中から石を掘り出す様なものだから決して間違ふ筈はない」

 仏作文もこれに似たようなものだと思うのです。表現モデルにかんする限り、われわれが発明する余地はまったくないのです。

 

仁王像の写真はこちらからいただきました:

「仁王像~仏像彫刻」 念佛宗(念仏宗)無量寿寺 佛教之王堂 社寺仏教美術 nenbutsushu007 - 写真共有サイト「フォト蔵」

 

『途中で止めても構わない』ホラーゲーム

夏ということで、ホラーな話題を 

 最近話題沸騰中のホラーゲーム、『サイレントヒルズ』について言及したかったのでひとつ独立した記事を書く。以下の記事も参照のこと:

【GC 14】『MGS V:TPP』パーティーレポートその2、小島監督による話題の『P.T.』ネタばらし | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

 このゲームはシリーズもので、個人的には過去の作品をプレイしたことはない。宣伝用として無料でダウンロードできる体験版の実況動画を拝見して、「これは怖(恐)い」と感じた次第である。

 体験版ダウンロード・コンテンツのタイトルは『p.t.』で、これはプレイアブル・ティザー(playable teaser)の略だ。teaserの意味は以下の通り:

[teaser] an advertisement for a product that does not mention the name of the product or say much about it but is intended to make people interested and likely to pay attention to later advertisements 『オックスフォード現代英英辞典』

 つまり「製品の名前に触れないか、もしくはあまり多くの情報を意図的に与えないことで、逆に人々の関心や興味を引くような広告」のことである。だからp.t.はプレイできるティーザーという意味だ。

 この言葉の意味する通り、プレイヤーは多くの情報を欠いた状態でゲームを進行することになる。これが後に述べることになる「コワさの要因」の第一なのだが、それはひとまずおいておき、百聞は一見に如かず、プレイ動画をみて欲しい。

 以下に紹介するのはp.t.の実況プレイ動画である。個人的にお気に入りの二人をここでは挙げておく。まずは有名な実況者ガッチマンさんのプレイ動画を: 


【実況】P.T.(サイレントヒル)がめっちゃ怖かった - YouTube

動画のサムネイルだけでも雰囲気が伝わってくると思う。ちなみに7780sの7780は静岡(サイレント(静)ヒル(岡))の面積であり、最後のsはサイレントヒルズのズからとったものである。次に挙げるのはhyorokunさんの動画:


(実況)P.T.サイレントヒル絶叫プレイ#1 科学的にありえへんを攻略 - YouTube

実況者の面白いトークで恐怖が多少軽減されている。それでもまだ怖い。

 ゲームはL字型の至極簡単なデザインをした家屋内で展開される。たった一本の廊下だが、これが次第に、プレイヤーを一歩も先へと進ませない恐怖に支配されることになる。

 非常にリアルな質感を実現しているグラフィックのレベルの高さは、コワさを引き立てる要因のひとつとなっている。ところが小島氏によると、これでも手を抜いているらしい。またこのゲームでは「音」も重要な鍵を握っている。実際「ラジオ」という媒体を介して「何か」の接近をこちらは知ることができるからだ。

 廊下のあちこちに姿を現す「何か」の存在に対して、こちらからは何もできないことも、恐怖の大事なポイントだろう。来る製品版ではこちらからなんらかのアクションを仕掛けられるようになるとは思うが、それでも「逃げる」選択を第一にしてほしい。小島氏は謎とき要素に力を入れる意図を示しているが、「謎とき」と「逃走」は噛み合っても、「謎とき」と「戦闘」はマッチしない。逃げる緊張感の中での謎とき、これこそ極限の恐怖を生みだす状況なのではないか。要するに主人公が強すぎたら駄目なのだ。この点、outlastの恐さに通じるものがある:


【実況】かなり怖い逃げゲームOUT_LAST:01 - YouTube

 まとめとして、この体験版のコワさの要因を箇条書きにして挙げていきたいと思う。

  • ループする度に少しずつ変化する空間
  • 主人公の無力さ
  • (自分の置かれている状況に対する)情報の少なさ
  • 映像のリアルさ

特に情報の少なさは小島氏も挙げている重要なポイントであって、ここが製品版のように事前に多くの情報が与えられている場合と決定的に異なる。

 この体験版は「襲ってくる恐さ」と同時に、雰囲気もしくは場そのものが放つ禍々しい「粘りついてくる怖さ」も実現している。この二つの長所を、製品版では存分に引き出して、本当に漏らしてしまうくらいのホラーゲームを作ってほしい。

 最後にゲーム中に繰り返し現れる『204863』という数字の羅列について、様々な憶測が飛び交っているようだ。小島氏の誕生日のコード化をいう説もあるだろうが、僕がゲームのクリエイターだったら自分の誕生日をわざわざ作品の中に暗号化して入れたりはしない。それよりも製品版についての情報へと導くヒントを隠すだろう。

 2048年6月3日は小惑星が地球軌道と重なる危険があるとされている日付である。

 またネット上で検索をしているとstipers hillという場所にも辿りついた:

http://www.geograph.org.uk/photo/204863

URLの末尾がその番号となっていて、かつ「丘」であるから関係がないとも限らないが、偶然の可能性のほうが大きい。

 いずれにしても何らかの意味はあるだろう。製品版を手に入れるのが楽しみだ。

最小作用の原理(10)――平面上の相流

直線上の相流 

 直線上のベクトル場によって定まる微分方程式をどう解くかを学んだところで、今度はそれが相流という言葉を使ってどのように翻訳されるかをみてみる。

  • 特に簡単な例\[ (1) \;\;\; \dot{x}=kx, \;\;\; x \in {\bf R} \]から始めよう。初期条件\( \; \phi (0)=x_{0} \; \)を満たす解はもちろん\[ \phi (t)=e^{kt}x_{0} \]である。初期状態\( \; x_{0} \; \)を\( \; t \; \; \)時間後の解へと運ぶ「\( \; t \; \)時間経過写像」\( \; g^{t} \; : \; {\bf R} \longrightarrow {\bf R} \; \)を定義しよう:\[ g^{t}x_{0}=e^{kt}x_{0}. \]像の族\( \; \{g^{t}\} \; \)を方程式(1)、またはベクトル場\( \; {\bf v}=kx \; \)に伴う相流と呼ぶ。写像\( \; g^{t} \; \)は直線上の線形変換であることに注意しよう。実際、それは直線を\( \; e^{kt} \; \)倍に伸び縮みさせる変換になっている。任意の実数\( \; s, \; t \; \)に対して\[ g^{s+t}=g^{s}\circ g^{t}, \;\;\; g^{0}x=x \]が確かめられる。さらに\( \; g^{t}x \; \)は\( \; t, \; x \; \)それぞれに関して微分可能である。そのため相流\( \; \{g^{t}\} \; \)は微分同相写像の1-パラメータ群で、各微分同相写像は直線上の線形変換になっている線形空間上の微分同相写像の1-パラメータ群で、各微分同相写像が線形変換であるようなものを単に線形変換の1-パラメータ群と呼ぶことにする(よって\( \; t \; \)に関する微分可能性は暗黙の内に含まれている)。ゆえに方程式(1)に伴う相流は線形変換の1-パラメータ群になっており、この相流の作用による点の運動は方程式(1)の解にほかならない。

定理Ⅲ. 直線\( \; {\bf R} \; \)上の線形変換の1-パラメータ写像\( \; \{g^{t}\} \; \)は、(1)の形の微分方程式の相流である。すなわちある\( \; k \; \)があって\[ g^{t}x=e^{kt}x. \]

  • 証明に入る前に、一般的性質をみておく。
  • \( \; \{g^{t}\} \; \) を領域\( \; U \; \)の微分同相写像の1-パラメータ群、\( \; {\bf v} \; \)を関係式\[ {\bf v}(x)=\left. \dfrac{d}{dt} \right |_{t=0}g^{t}x, \;\;\; x \in U \]で定められる相速度ベクトルのベクトル場とする。

定理Ⅳ. 相点の運動\( \; \phi \; : \; {\bf R} \longrightarrow U, \; \phi (t)=g^{t}x \; \)は微分方程式\[  (2) \;\;\; \dot{x}={\bf v}(x) \]の解である。

証明。各時刻\( \; t_{0} \; \)における相点\( \; g^{t}x \; \)の運動の速度が、点\( \; g^{t_{0}}x \; \)における相速度に等しいことを示せばよいが、これは変換\( \; \{g^{t}\} \; \)が群をなすことから明らかである:\[ \left. \dfrac{d}{dt} \right |_{t=t_{0}}g^{t}x=\left. \dfrac{d}{dt'} \right |_{t'=0}g^{t_{0}+t'}x=\left. \dfrac{d}{dt'} \right |_{t'=0}g^{t'}(g^{t_{0}}x)={\bf v}(g^{t_{0}}x). \](証明終)

定理Ⅲの証明。\( \; \{g^{t}\} \; \)を線形空間\( \; L \; \)上の線形変換の1-パラメータ群であるとする。このとき相速度\( \; {\bf v}(x) \; \)は\( \; x \in L \; \)に線形依存している。というのも\( \; x \; \)に関して線形である関数\( \; g(t, \; x)=g^{t}x \; \)の、パラメータ\( \; t \; \)に関する微分係数\( \; (d/dt) |_{t=0} \; \)はそれ自体\( \; x \; \)に関して線形であるはずだからである。とくに線形空間が実直線\( \; {\bf R} \; \)のときは、\( \; x \; \)に関して線形な関数はすべて\( \; {\bf v}(x)=kx, \; k={\bf v}(1) \; \)という形をしている。ゆえに運動\( \; \phi (t)=g^{t}x \; \)は方程式(2)において\( \; {\bf v}(x)=kx \; \)としたものの解であるから、方程式(1)の解である。条件\( \; \phi (0)=x \; \)を満たすこの方程式の唯一の解\( \; \phi \; \)は\( \; g^{t}x=e^{kt}x \; \)の形をしているから定理Ⅲの証明が済んだことになる。(証明終)

命題1. 直線上の線形変換の連続1-パラメータ群は必然的に微分可能である。

証明。\( t \; \)が整数であるときは容易に\( \; g^{t}=k(1)^{t} \; \)であることがわかる。というのも\( \; g^{t}x \; \)は線形変換なのだから、\[ g^{t}x=k(t)x \]という形に書ける。ここで\( \; k(t) \; \)は\( \; t \; \)に連続的に依存している実数である。よって写像\( \; g^{t} \; \)を実数\( \; k(t) \; \)と同一視すれば、まず\( \; g^{0}=1 \; \)から\[ k(0)=1. \]\( g^{t}g^{-t}=1 \; \)から\[ k(t)\cdot k(-t)=1 \]であり、連続性も用いると\( \; k(t)>0, \; t \in {\bf R} \; \)がいえる。さて\[ k(1)x=g^{1}x=g^{(1/n)+(1/n)+\ldots +(1/n)}x=(k(1/n))^{n}x \]より\[ k(1/n)=k(1)^{1/n}. \]これを使えば任意の有理数\( \; m/n \; \)に対して\[ g^{m/n}x=\left ( g^{1/n} \right )^{m}x=k(1)^{m/n}x. \]よって有理数に関して\( \; g^{t}x=k(1)^{t}x \; \)がいえた。任意の無理数に対してそれに収束する有理数列をとり、\( \; g^{t} \; \)の\( \; t \; \)に関する連続性を用いれば、無理数に対しても\( \; g^{t}x=k(1)^{t}x \; \)が成立することがわかる。まとめると\[ g^{t}x=k(1)^{t}x, \;\;\; t, \; x \in {\bf R}, \; k(1) \in {\bf R}. \]\( \; g^{t} \; \)は明らかに\( \; t \; \)に関して微分可能である。(証明終)

  • これから線形変換の1-パラメータ群の定義において、変換\( \; g^{t} \; \)の\( \; t \; \)に関する微分可能性の要求を、\( \; t \; \)に関する連続性で置き換えられる。

問題2. 次の線形空間のすべての線形変換の1-パラメータ群を求めよ:a)\( \; {\bf R}^{2}, \; \)b)\( \; {\bf C}^{1}. \; \)

解答。\( {\bf R}^{2} \; \)については、二次の正方行列\( \; A \; \)を用いて\[ f({\bf x})=A{\bf x}, \;\;\; {\bf x} \in {\bf R}^{2} \]が平面上の線形変換である。\( \; {\bf C}^{1} \; \)については考え中。

  • 次により複雑な微分方程式\[ \dot{x}=\sin{x}, \;\;\; x \in {\bf R} \]を考える。

問題3. この方程式の解で、初期条件\( \; \phi (0)=x_{0} \; \)を満たすものを求めよ。

解答。ベクトル場\( \; {\bf v}(x)=\sin{x} \; \)の特異点は\( \; x=k\pi, \;\;\; k=0, \; \pm 1, \ldots \; \)であるから\( \; x_{0} \; \)がこれらの内の一点であるとき、解は定理Ⅰにより\[ \phi (t) \equiv x_{0}. \]そうではないときを考える。\( \; \mu=\tan{(\xi/2)} \; \)なる変数変換を施せば、\[ t=\int_{x_{0}}^{\phi (t)}\dfrac{d\xi}{\sin{\xi}}=\int_{\tan{(x_{0}/2)}}^{\tan{(\phi (t)/2)}}\dfrac{d\mu}{\mu}=\ln{\left [ \dfrac{\tan{(\phi (t)/2)}}{\tan{(x_{0})/2}} \right ] }. \]ゆえに\[ \tan{ (\phi (t)/2 )}=e^{t}\tan{(x_{0}/2)} \]を得る。(解答終)

  • ここでも同じように\( \; t \; \)時間経過写像\[ g^{t} \; : \; {\bf R} \longrightarrow {\bf R}, \;\;\; g^{t}x_{0}=\phi (t) \]を定義しよう。ここで\( \; \phi (t) \; \)は初期条件\( \; \phi (0)=x_{0} \; \)を満たす解である。写像の族\( \; \{g^{t}\} \; \)は直線上の微分同相写像の1-パラメータ群、すなわち与えられた方程式に伴う相流になっている。相流\( \; \{g^{t}\} \; \)は固定点\( \; x=k\pi, \; k=0, \; \pm 1, \ldots , \; \)を持ち、微分同相写像\( \; g^{t} \; (t \neq 0) \; \)は直線上の非線形変換である。変換\( \; g^{t} \; \)は各点\( \; x \; \)を\( \; t > 0 \; \)なら最近接にある\( \; \pi \; \)の奇数倍へ、\( \; t < 0 \; \)なら最近接にある\( \; \pi \; \)の偶数倍へと移動させる(この様子を相空間または拡大相空間の中にベクトル場(方向場)を描いて幾何学的に理解してほしい)。

問題3. 関数列\( \; g^{t_{i}}, \; t_{i} \to \infty \; \)は各点で収束するが、一様収束はしないことを示せ。

解答。簡単のため\( \; 0<x_{0}<\pi, \; t>0 \; \)として考える。各点収束していることは明らかであるから、\( \; \pi \; \)への収束速度の、初期状態\( \; x_{0} \; \)への依存性をみてやればよい。直観的には\( \; x_{0} \; \)を原点の十分近くにとることで、収束をいくらでものろくすることができるから一様収束はしない。もう少し厳密に述べよう。原点の十分小さな近傍で考えると、\( \; \tan{x} \sim x \; \)としてよい。するとある正数\( \; \varepsilon \; \)を任意にこちらが定めたとき、番号\( \; i_{0} \; \)を、\[ t_{i}>\ln{ \left [ (\pi-2\varepsilon)/x_{0} \right ] } \]を満たす最小の自然数として定めれば、これより大なるすべての番号に対して、\( \; x_{0} \; \)を固定しておけば、\( \; \pi/2 \; \)との距離が\( \; \varepsilon \; \)より小なるようにできる。ところが\( \; x_{0} \; \)を十分小さく(つまり原点に近く)とれば、番号\( \; i_{0} \; \)をいくらでも大きくすることができる。よって一様収束はしない。(解答終)

  • 上の例から、直線上の各微分方程式\[ \dot{x}={\bf v}(x), \;\;\; x \in {\bf R} \]に、直線上の微分同相写像の1-パラメータ群\( \; \{g^{t}\}, \; g^{t}x=\phi (t) \; \)が対応しているのではないか、との希望を持ちたくなる。ここで\( \; \phi (t) \; \)は初期条件\( \; \phi (0) =x_{0} \; \)を満たす解である。ところが次の例が示すように、この希望的観測は真でない。
  • 微分方程式\[ \dot{x}=x^{2} \]を考える。これは前に、その特性として「過度な増大率」をもつ例として挙げたものである。定理Ⅰによって、この微分方程式は解\[ t-t_{0}=\int_{x_{0}}^{\phi (t)}\dfrac{d\xi}{\xi^{2}} \]をもつ。これはしばしば\[ (3) \;\;\; \int dt =\int \dfrac{dx}{x^{2}} \]のように書かれる。(3)と\[ t=-\dfrac{1}{x}+C, \;\;\; x=-\dfrac{1}{t-C} \]が同値などと考えてはいけない。または関数\( \; x=-1/(t-C) \; \)が、解だと考えてはいけない。事実、関数\( \; x=-1/(t-C) \; \)の定義域はひとつの区間ではなく、二つの区間\( \; t<C, \; t>C \; \)であり、この二つの区間上に関数の定義域を制限したとき、互いにまったく関連のない二つの解が得られる(もちろん、これは実数\( \; t \; \)上の領域に考えの対象を絞っているからである。そして領域以外のものは本書で扱わない)。以上の議論から人口の増大率がペアの総数に比例するような場合、人口は有限時間で無限大に発散してしまうことになる(一方、増大則はふつう指数関数的である)。物理的にこの結論は、考えている物理過程の爆発的性質を反映したものとなる(これは\( \; C \; \)に十分近い\( \; t \; \)に対しては、物理過程をこの微分方程式で理想化して記述するのが現実的でなくなることを意味する。実際には有限時間で人口が無限大に発散することなど起こらない)。また\( \; t \; \)時間経過写像の公式(\( \; g^{t}x_{0}=\phi (t) \; \)、ここで\( \; \phi (t) \; \)は初期条件\( \; \phi (0)=x_{0} \; \)を満たす解)は、どんな\( \; t \neq 0 \; \)に対しても微分同相写像\( \; g^{t} \; : \; {\bf R} \longrightarrow {\bf R} \; \)を与えないことが分かる。
  • この問題でなぜ\( \; \{g^{t}\} \; \)が微分同相写像の1-パラメータ群にならないかというと、それは微分可能性や群の性質が欠落するからではなく、ただ単に関数\( \; g^{t}, \; t \neq 0 \; \)が\( \; x \; \)軸全域で定義されていないからであり、ある解は有限の\( \; t \; \)で無限大に発散してしまう。ところが、もし解が有限時間で無限大にならないのなら、各微分方程式にひとつの微分同相写像の1-パラメータ群が対応することになる。

問題4. \( |x| \; \)が十分大きいとき\( \; {\bf v} \; \)が恒等的にゼロで、しかも微分可能であるとき、上の主張が成り立つことを示せ。

解答。(考え中)

  • よって上述の反例は直線の非コンパクト性から生じることがわかる。

平面上のベクトル場と相流 

 微分方程式が定める相空間の次元が1より大きいと、方程式を完全に解く一般的な方法はない。しかしながらその中に、一次元の問題へと帰着できる特殊なケースがある。

  • 相空間\( \; U_{1}, \; U_{2} \; \)上でそれぞれ微分可能なベクトル場\( \; {\bf v}_{1}, \; {\bf v}_{2} \; \)によって定まる二つの微分方程式\[ \begin{eqnarray*} &(1)& \;\;\; \dot{x}_{1}={\bf v}_{1}(x_{1}), \;\;\; x_{1} \in U_{1}, \\ &(2)& \;\;\; \dot{x}_{2}={\bf v}_{2}(x_{2}), \;\;\; x_{2} \in U_{2}, \end{eqnarray*} \]を考える。
  • 微分方程式(1)と(2)との直積とは、その相空間が\( \; U_{1} \; \)と\( \; U_{2} \; \)との直積である微分方程式のことである。この方程式は場\( \; {\bf v}_{1}, \; {\bf v}_{2} \; \)の「直積」をそのベクトル場として定められる:\[ (3) \;\;\; \dot{x}={\bf v}(x), \;\;\; x \in U. \]ここで\[ U=U_{1}\times U_{2}, \;\;\; x=(x_{1}, \; x_{2}), \;\;\; {\bf v}(x)=({\bf v}_{1}(x_{1}), \; {\bf v}_{2}(x_{2})) \]である。
  • とくに相空間\( \; U_{1} \subset {\bf R}, \; U_{2} \subset {\bf R} \; \)が一次元ならば、\( \; U \; \)は平面\( \; (x_{1}, \; x_{2}) \; \)の領域であって、微分方程式(3)は二つの特別な形をしたスカラー微分方程式系(4):\[ \begin{cases} \dot{x}_{1}={\bf v}_{1}(x_{1}), \;\;\; x_{1} \in U_{1} \subset {\bf R}, \\ \dot{x}_{2}={\bf v}_{2}(x_{2}), \;\;\; x_{2} \in U_{2} \subset {\bf R}, \end{cases} \]になる。上の定義から直ちに次のことがわかる。

定理Ⅴ. \( \phi \; \)が微分方程式(1)と(2)との直積(3)の解ならば、\( \; \phi \; \)は\( \; \phi (t)=(\phi_{1}(t), \; \phi_{2}(t)) \; \)の形をした写像\( \; \phi \; : \; I \longrightarrow U \; \)である。ここで\( \; \phi_{1}, \; \phi_{2} \; \)は同一の区間\( \; I \; \)上で定義された方程式(1)と(2)の解である。

  • とくに相空間\( \; U_{1}, \; U_{2} \; \)が一次元ならば、我々は方程式(1)と(2)、それぞれをどう解くかわかっているのだから、二つの微分方程式系(4)も完全に解くことができる。実際定理Ⅰによって、初期条件\( \; \phi (t_{0})=x_{0} \; \)を満たす解\( \; \phi \; \)は\( \; t=t_{0} \; \)の十分近傍で関係式\[ \int_{x_{10}}^{\phi_{1}(t)}\dfrac{d\xi}{{\bf v}_{1}(\xi)}=t-t_{0}=\int_{x_{20}}^{\phi_{2}(t)}\dfrac{d\xi}{{\bf v}_{2}(\xi)}, \;\;\; x_{0}=(x_{10}, \; x_{20}) \]によって求めることができる。もちろん\( \; {\bf v}_{1}(x_{10})\neq 0, \; {\bf v}_{2}(x_{20})\neq 0 \; \)の場合である。もし\( \; {\bf v}_{1}(x_{10})=0 \; \)ならば、上の関係式の左辺が\( \; \phi_{1} \equiv x_{10} \; \)で置き換えられ、同様に\( \; {\bf v}_{2}(x_{20})=0 \; \)なら今度は右辺が\( \; \phi_{2}\equiv x_{20} \; \)で置き換えられる。最後にどちらもゼロの場合は、点\( \; x_{0} \; \)がベクトル場\( \; {\bf v} \; \)の特異点ということになり、(4)の平衡位置になる。すなわち\( \; \phi (t) \equiv x_{0} \; \)である。
  • 次の二つの微分方程式系を考えてみよう:\[ \begin{cases} \dot{x}_{1}=x_{1}, \\ \dot{x}_{2}=kx_{2}. \end{cases} \]それぞれの方程式はすでに解けているので、初期条件\( \; \phi (t_{0})=x_{0} \; \)を満たす解\( \; \phi \; \)は\[ (5) \;\;\; \phi_{1}=x_{10}e^{t-t_{0}}, \;\;\; \phi_{2}=x_{20}e^{k(t-t_{0})} \]という形をしている。すると各相曲線\( \; x=\phi (t) \; \)に対して、\( \; x_{1} \equiv 0 \; \)か、または\[ (6) \;\;\; |x_{2}|=C|x_{1}|^{k} \]が成り立っている。ここで\( \; C \; \)は\( \; t \; \)に無関係な定数である。

問題5. (6)で与えられる平面\( \; (x_{1}, \; x_{2}) \; \)上の曲線は相曲線か。

解答。否。簡単のため\( \; k=1 \; \)とし、\( \; x_{0}=(1, \;1) \; \)としよう。するとこの点を初期条件として満たす解は原点から発し(原点を含まない)、無限遠方へと遠ざかる半直線になる。ところが(6)式でこれに対応するのは原点を通る直線であり、これは三つの相曲線を含んでいる(原点が固定点であり、さらにこの固定点から発する二つの相曲線)。

  • \( \; C \in {\bf R} \; \)としたとき、曲線の族(6)はパラメータ\( \; k \; \)の変化に応じて様々な模様を呈する。\( \; k>0 \; \)なら「\( \; k \; \)次の一般化された放物線」を得(実際に放物線となるのは\( \; k=2, \; 1/2 \; \)のときに限る)、これは\( \; k>1 \; \)なら\( \; x_{1} \; \)軸に接し、\( \; k<1 \; \)なら\( \; x_{2} \; \)軸に接する。\( \; k=1 \; \)のときは原点を通る直線の族を得る。これらのケースにおける相曲線の配置模様を結節点(ノード)と呼ぶ。一方\( \; k<0 \; \)に対しては、曲線は双曲線となり(実際に双曲線になるのは\( \; k=-1 \; \))、原点近傍で鞍点(サドル)を形成する。\( \; k=0 \; \)なら曲線は直線に変化する。(5)式から明らかなように、各相曲線は四つの象限の内のどれかにまるごと含まれている(または座標軸の半分か、すべての\( \; k \; \)に対して相曲線となる原点)。
  • 次に\( \; t \; \)時間経過写像\( \; g^{t} \; \)をいつものように定義してやって、そこからこの系に伴う相流を構成しよう。つまり初期条件\( \; \phi (0)=x_{0} \; \)を満たす解\( \; \phi (t) \; \)に対して、\( \; g^{t}x=\phi (t) \; \)により\( \; g^{t} \; \)を定めるのである。(5)式から\( \; g^{t} \; \)が平面上の線形変換であること、つまり\( \; x_{1} \; \)軸方向への\( \; e^{t} \; \)倍伸縮と、\( \; x_{2} \; \)軸方向への\( \; e^{kt} \; \)倍伸縮を組み合わせたものであることがわかる。変換\( \; g^{t} \; \)の行列表示は\( \; x_{1}, \; x_{2} \; \)に関する座標表示で、対角行列\[ g^{t}= \left ( \begin{array}{cc} e^{t}&0 \\ 0&e^{kt} \end{array} \right ) \]である。\( \; g^{t}x \; \)の\( \; t, \; x \; \)に関する微分可能性は自明に成り立っているから、写像\( \; g^{t} \; \)は平面上の線形変換の1-パラメータ群である。
  • この場合、平面上の線形変換の1-パラメータ群\( \; g^{t} \; \)は、二つの直線上の線形変換の1-パラメータ群の直積に分解できるということに注意。

問題6. すべての平面上の線形変換の1-パラメータ群は同じように分解できるか。

解答。否。例えば原点を回転の中心とする\( \; t \; \)回転写像を考える。これを行列表示すると\[  \left ( \begin{array}{cc} \cos{t}&-\sin{t} \\ \sin{t}&\cos{t} \end{array} \right ) \]となるが、この行列の作用を\( \; x_{1} \; \)成分に対するものと、\( \; x_{2} \; \)成分に対するものに分解することはできない。というのもこの回転作用によって不変なのは(つまりこの行列の固有ベクトル)原点ただひとつであり、これは零次元の固有空間を成しているからである。要するに対角化できないわけだ。

 

最小作用の原理(9)――Ordinary Differential Equations(Arnold)

 前回に、『数学は最善世界の夢を見るか?』を読み解いていくことを予告した:

数学は最善世界の夢を見るか?――最小作用の原理から最適化理論へ

数学は最善世界の夢を見るか?――最小作用の原理から最適化理論へ

 

 ところが実際に読んでみると、訴えかけてくることがあまりなかった(これは著作の質が悪いといっているわけではなく、一般向けに書かれた本であるだけに専門的アプローチを試みようとする者にとっては少しだけ物足りないということ。実際、著者は論文も複数執筆している)。そこで今回から思いきって、アーノルドの『Ordinary Differential Equations(常微分方程式』を読んでいく(というより解いていく):

Ordinary Differential Equations

Ordinary Differential Equations

 

「思いきって」と書いたのは、僕にこの著作を理解する力が不足しているからだ。だからこそこの本を選んだ、ともいえるのだが。選択の理由はただひとつ、彼が一貫して力学系幾何学に構想しようとしているからだ。本来常微分方程式というのは大学初年級の解析の授業で習う分野だが、それとはいろいろな意味で異質なのが本書である。それは本文を読み進めるに従って明らかになることと思う。必要な予備知識は微積分、線形代数群論について少し、くらいであるが、相当高度な抽象的思考力が要求される(これは一種の慣れで解決される)。

 本書を理解するために参考にした著書がいくつかあるので、以下紹介しておく。

微分方程式入門 (基礎数学シリーズ)

微分方程式入門 (基礎数学シリーズ)

 

 

多様体の基礎 (基礎数学5)

多様体の基礎 (基礎数学5)

 

 

古典力学の数学的方法

古典力学の数学的方法

 
Mathematical Methods of Classical Mechanics (Graduate Texts in Mathematics)

Mathematical Methods of Classical Mechanics (Graduate Texts in Mathematics)

 

 

解析力学と微分形式 (現代数学への入門)

解析力学と微分形式 (現代数学への入門)

 

 本文中にある数多くの問題は、基本的にすべて解いていくが、いま解けそうにないと判断したものは保留にしておく。解答(または証明)は解答(証明)と書いてあるものの、もちろん(仮)である。前回までの記事と相変わらず、個人的なメモ帳となんら変わりはないという点で、自分勝手な解釈が随所に潜んでいることを最初に断っておく。

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言葉は思考する(十三)――アルツハイマー病を検知する血液検査が確立されるが、受診への抵抗も

サンテーズ(綜合)という作業

 今回は趣向を変えて、複数の記事をサンテーズ(synthèse)してみたいと思う。サンテーズとはその定義から「綜合」のことである(「分析」の対義語)。ばらばらに散らばった要素に共通する「核」を抽出して、まとめあげ整理する作業のことを言う。念のため意味を仏仏辞書で引くと

opération intellectuelle par laquelle on rassemble les éléments de connaissance concernant un object de pensée en un ensemble cohérent (PETIT ROBERT) 

とある。すなわち「ひとつの思惟の対象に関与する複数の知見を、矛盾なく関連付けてひとつの全体にまとめあげる作業」である。この意味を見てわかるとおり、これは非常に高度な知的プロセスだ。母語でもしっかりできるかあやしいところだが、例えば論文などを執筆する際にはこの作業を経なければならない。それまでの研究がどのような対象を明らめようとし、どのような成果を得、どのような問題点、改善点が提起されたのかを、数十(あるいは数百)の論文から抽出、整理しなければならない。

 上記のような理由もあるが、実のところ第一の動機はDALF C1への合格である。DELF/DALFというのはフランス語の資格試験で、仏検やTCFと並んで代表的である(僕はDELF B2を一度受験したのみ)。何の略かというと、DELF(diplôme d'études en langue française)、DALF(diplôme approfondi de langue française)だ(デルフ・ダルフと読む)。仏検とは違い、ヨーロッパ基準の資格試験である。またTCFと違い記述式の問題で、面接もある。よって語学能力を正確に測ることが期待できる(と僕自身は思っている)。ついでながら、一度合格したら死ぬまで効力は消えない。

 もう三年ほど前になるが、僕は留学する前に一度DELF B2を受験した。結果は43点で見事不合格。ちなみに合格するには最低50点要る(また四つのパート聴解・読解・文書作成・面接でそれぞれ最低5/25点以上)。リスニングはぼろぼろで、ほとんど聞き取れていなかった。確か医療関係の話だったと記憶している。また文書作成も語彙力不足のせいで思ったように点を稼げなかった。唯一できがよかったのが面接で、お題は「パリ郊外の学校での体罰について」であった(本当はもうひとつお題があってどちらかを選べるのだが、もう一方が何であったかは忘れた)。

 手元にあるDELF/DALFのパンフレット(2013年版)を見ると、それぞれのレベルに合格するために求められるフランス語運用能力の指標(cadre européen commun de référence pour les langues)が書いてある。一番下はA1で初級者がこのレベルにあたる。そこから順にA2、B1、B2、C1、C2と要求される能力が高度になっていく。B2までがDELFで、そこから上がDALFに分類されている。参考までにB2、C1合格のために求められる力を引用しておく。

DELF B2:フランス語を全般に渡って自主的に運用できる。複雑なテキストの要点を理解すると同時に、一般的あるいは専門的な内容の会話に参加し、筋道の通った意見を明確に詳細に述べることができる。

DALF C1:フランス語の優れた運用能力を持つ。含みのある難解な長文テキストであっても、その殆どを理解し、自分の社会的立場や仕事、学問との関わり、あるいは他の複雑なテーマについて、流暢かつ理論的に述べることができる。

 三年前はB2のレベルに達していなかった。そこから最小限の時間はフランス語のために割いてきたつもりだし、留学もした(語学ではなく数学を勉強してきたのだが)。そこで冷静に自分の立ち位置を観察すると、やはりB2のレベルはすでに突破しているだろうと思う。そこで次のレベルであるC1を視野に入れて語学に励みたいわけだが、ここでひとつ困難がある。

 それが文書綜合(synthèse de documents)だ。複数の文書から共通のキーになる概念を抜き出し、まとめて整理する試験があるのだ。上述の基準を見ると分かる通り、ここまでくると語学能力というよりも個人の基礎的な思考力・表現能力が重要になってくるとわかるだろう。この本来の力を邪魔しない程度のフランス語運用能力が必要だといっているわけだ。

 文書綜合に際してはいくつか注意しなければらない点がある。

  1. 自分の意見を述べてはならない
  2. 綜合に当たって、本文に用いられている表現を真似てはならない(自分の言葉で表現しなければならない)
  3. 文書作成に際して、構成は導入+展開で、結論部分は求められない限り必要がない
  4. 一人称表現を用いてはならない(jeやnous)
  5. 指定された語数を順守する

 自分の言葉で記事をまとめなければならないので、同じことを別の言い方で表現できなければならない。つまり豊かな語彙力が要求される。また自分の意見を勝手に織り混ぜてはならない。書かれてあること、主張されていることに忠実でなければならない。なので記事の内容を理解できていることは大前提で、そこからどういうふうな具合で主要なアイデア(またそれに付随する副次アイデア)を総合し、第三者に理解しやすい形で文章としてまとめるか、ということが問われている。

 いってしまえば機械的作業であるが、複数の記事にまたがるキー概念を見抜き、それをみやすい形で(これも自分勝手にではなく、本文に忠実かつ合理的な仕方で)表現し直すのは、決して簡単なことではない。しかも試験では制限時間があり、辞書も使えない。よって自前の語彙でなんとかやりくりしなければならない。

 つまりまとめてしまうと、これがDALFを難しくしている第一の要素なのだ。そこでなんとしてでも対策する必要がある。そしてこの対策により、フランス語のみならず母語においても、綜合の力が向上すると考えられる。この記事でサンテーズをするのは、もちろん自分の動機付けのためでもあるし、またこれからこの試験を受験しようとしている人たちに、合格のためのヒントを提供できたら、とも考えているからだ。

今回サンテーズする文書

 本文をここに記載すると無駄に記事が長くなるので、リンクを貼りつけておく。どちらもHuffpostの記事だが、記事の途中には、「Lire aussi」の欄(関連する記事の欄)に似たような話題を扱った記事へのリンクが貼られている。これを利用して負荷なく(関連する記事を集めるという労力なく)サンテーズの訓練を積むことができる。本文はできれば印刷して、紙面に直接メモできるようにしておくとよい。

 また草案を練る際には、フランス語ではなく日本語でまとめると時間がかからない。ただしそこには主要なアイデアと、それに付随する二次アイデア、およびそれらを関連付けて再構成するおおまかな方針だけ書いておいて、あとはフランス語で考えるとうまくいく。

1) Dépistage de la maladie d'Alzheimer: un test sanguin qui dépisterait précocement les risques

2) Dépistage de la maladie d'Alzheimer : 10% des Français refuseraient de faire le test

 今回、記事の内容としては類似し過ぎている。本来はひとつの対象をもう少し異なる視点で眺めたものを集めてサンテーズするといい練習になる。また本文も長くはないので、簡単に200語前後でまとめあげる。以下がその結果である。かかった時間は一時間弱だ。また結論に当たる部分もあるが、本来指示がなければ書いてはならない。ここでは個人的に「今後の展望」がないと気持ちが悪いので付け加えた。

 

(イントロ)

  De plus en plus de Français sont atteints de la maladie d'Alzheimer, mais il n'existe pas de remède décisif contre cette maladie. Pourtant, des chercheurs ont établi le test sanguin permettant de détecter l'apparition de la maladie. D'autre part, une étude montre que 10% des Français hésiteraient à passer ce genre de tests.

 

(展開部分)

  La prise de sang n'est pas coûteuse par rapport au scanner célébral. C'est le premier atout de ce test. Et surtout, il permet d'évaluer précisément l'état actuel du patient s'il est atteint, grâce à la détection des protéines résponsables de la maladie. Ainsi il est possible de prévenir la maladie, voire d'en empêcher son developpement. En d'autres termes, ce test est beaucoup plus facile à faire, il est efficace, et surtout fiable.

  Cependant, la fiabilité n'encourage pas forcément les gens à se soumettre à ce test sanguin. Premièrement c'est parce qu'ils ont peur du résultat. Se rendre compte que l'on est affecté par une maladie incurable ne serait pas souhaitable pour profiter de la vie. Deuxièmement, ils justifient le fait de ne pas être affectés par leurs symptômes subjectifs. Mais cela est dangereux, puisqu'en effet quand ils ont conscience d'en être atteints, il est souvent déjà trop tard.

 

(結論部分)

  Il est important de trouver le remède contre cette maladie. Mais avant tout, ce qui est indispensable dans la prochaine étape c'est de faire savoir aux gens que si l'on réussit à dépister le début de la maladie, les préparations nécessaires pour lutter contre la maladie sont possibles. (249 mots)

 

 主要アイデアとして「効率がよく安価な評価方法の確立」と、「大衆が検査に示す抵抗」を採用した。そこから具体的な理由を元に組み立てたのがこのサンテーズである。見てもらえばわかるように、おもしろいことなどひとつも主張できない。ただ書かれてある事実を正しい方法で羅列し、関連付けるだけの作業で非常にアカデミックである。 

 また注意してほしいことがあって、結論部分で述べてあることは本文には書いていない。これは僕独自の見解であって、試験では即大幅な減点につながるタブーである。たが個人的にそういった帰結部分がないと楽しめないので付け足すことにしたわけだ。

語彙の確認

1. RESTE A SAVOIRE+間接疑問節で「~はまだ分からない」という意味の成句。

2. DEPISTAGE(rechercher systématiquement et découvrir ce qui est peu apparent, ce qu'on dissimule)だから「システマティックな方法で、隠れているものを発見する」こと。そこからとくに「病気の発見」を指す。

3. ANTICIPER(exécuter avant le temps déterminé)なので「先取りする、前もって実行する」こと。本文では「病気の発覚を意図的に(検査を受けることで)早める」という意味で使われていた。

4. IMAGERIE CELEBRALEとは、MRIで撮影した脳の断面図のこと。

5. ANGOISSER(inquiéter au point de faire naître l'angoisse)だから「苦悩するほどひどく心配させる」こと。