着想メトロ

アイデアとは、世界の捉え方を再構成することで新たな価値を獲得し、さらにそれを経験によって持続させる、一連のプロセスのこと。

言葉は思考する(三)――パリを襲う大気汚染、仕事「場」という概念の転換(前編)

Huffpostから:

Pollution: et si le télétravail était la solution? | Yves Grandmontagne

 

 フランスでは、この時分(三月、四月)一日快晴というのは珍しく、多くは突発的な降雨と晴れ間が代わる代わる巡っていくもの。ところが先々週は、雲ひとつない快晴が一週間近く続き、首都圏では早くも春をとびこしてバカンス気分であった。この暑さと相まって首都圏における大気汚染が深刻化したのだ。郊外からパリを臨むと白く靄がかかったようになっていて、首都圏で暮らす人々は目や口内に異常を感じるほどであった。そこで自動車での通勤を抑制するため、首都圏での公共交通機関が一時期無料になったりと、いくつかの臨時対策がとられた。以下のページではその様子をとらえた写真が掲載されている:

Pollution de l'air: la circulation alternée pas reconduite mardi en Ile-de-France

  大気汚染は人の生死に関わる深刻な問題である。以下のページも参照のこと:

1 décès sur 8 dans le monde est lié à la pollution de l'air selon une étude de l'OMS

 こういう事態に面して、問題の根本が仕事場と居住地区の大きな地理的隔たりにあるとして、交通整備を進めるのではなく企業と地方自治体の連携、インターネットを利用した「自宅勤務」の普及を提起するのがこの記事の要旨である。こういう試みはヨーロッパで早くから行われており、実際に自宅勤務の利点は相当多いと思われる。

(追記2014/06/05)ヨーロッパ主要都市の汚染度ランキングが発表されたのでリンクを貼っておく。なおこのランキングは、年に汚染物質が基準値を越えた日の総数をもとにしている。

 

 記事自体がおもしろいのと同時に、多くの有用な表現も見当たったので、今回は二回にわたってほぼ全文を読解していくことにする。

Ⅰ Pour la première fois depuis un essai resté impopulaire en 1997, la circulation alternée a été mise en œuvre en région parisienne hier pour lutter contre la pollution.

1-1. IMPOPULAIRE(qui déplaît au peuple, lui inspire de la défiance; qui est mal vu)とあるから「評判の悪い」や「不人気の」くらいでいいだろう。1997年に実施されたときはかなり受けが悪かったようである。

1-2. circulation alternéeとは、大気汚染を緩和するために、高速道路や橋、トンネルなど二方向通行の車道、もしくは工事中の区画における対面通行路を一方向通行にすることで、交通量を減らし排気ガスによる大気の汚染を抑制する試みである。制限方向が一定時間間隔ごとに二色信号によって切り換わることからこの名がついた。

1-3. METTRE EN OEUVRE(employer en vue d'une application pratique)だからこの場合実施するということ。なおここではmettreの過去分詞misがcirculationにかかって女性形になっていることに注意。この名詞型MISE EN OEUVREも合わせて覚えておきたい。

1-4. région parisienneとはÎle-de-France地域圏のことであり、パリを中心とするフランスの首都圏である。

☞なお補足として、この地域圏で生活する人々のことをFrancilienとよぶ。形容詞的に使われることも多い。

1-5. LUTTER(mener une action énergique (contre ou pour qqch))。原義は「たたかう」という意味のこの動詞は頻出で、多くの場合比喩的に使われる。つまりたたかう相手が具体的な人ではなく、例えば「自由」だとか「生活水準の向上」、「睡魔」などになるわけだ。ここから「反対運動をとる」という意味も生まれる。「対抗する」くらいでいいだろう。

Ⅱ Les Franciliens ont respecté les consignes : 90% de ceux qui ont pris leur voiture en ce 17 mars ont en effet joué le jeu, selon le ministre de l'Ecologie Philippe Martin, ce qui n'aura pas empêché cependant 4000 automobilistes d'être "punis" d'une contravention.

2-1. deux-points「:」の使い方はいくつかあって、パラグラフの構造を見通しよくするのに便利である。ここでは前文の内容を補足説明している。

2-2. CONSIGNE(instruction stricte donnée sur ce qu'il doit faire)。しなければならないことについての順守しなければならない指示。この場合は交通規制となるが、たとえば試験の設問に答える際の、字数制限等の決まりごとに対しても同じ語を使う。

2-3. JOUER LE JEUは文字通りゲームをするという意味であるが、jeuに定冠詞が付いているから、これはゲームプレイという行為を抽象的に捉えた表現であることが窺える。つまりJEU(activité ludique organisée selon des règles)に注意すると、ここでは一群の規則(consignes)を守ることを意味するのだ。強制的に従わされるドライバーのふくれ面が目に浮かぶ、面白みのある表現である。

☞前未来には、未来のある時点で完了している動作を表すほか、稀に過去の事態に対する推量として用いられることもある。この例文Ⅱでは、前半の部分が過去に起きたことであるのに、後半で前未来形を用いていることから、後者の意味でとるしかないだろう。

もう少し詳細にこの用法を分析してみる。そもそも未来形とは時間軸における「未来」のみを指すのだろうか。ここで仮に論理的推測の行き着く「先」、つまり帰結をも指すものとしてみる。Francilensのドライバーの90%が交通規制を順守したのだから、裏を返せば残りの10%は守らなかったことになる。ところがこの90%という数字は後に統計をとってわかることだから、90%が交通規制を順守したことは、過去に起きたことになる。そこで過去におきたことから論理的に帰結されたことだから推量としての前未来を用いることができると考えるのである。こういった「説明」を、フランス人が文章を書くときいちいち意識していないのはもちろんだが、我々仏語学習者からしたら物事を系統的に捉えるための便利な方法である。もちろんこの説明が全体を覆いきれないこともありうるから、いまのところの暫定的知見であるということになる。また新たな例文に出会ったときうまくこの論理で説明できないのなら、考え方を改めるか、さらに一般化する必要があるだろう。

2-4. EMPECHER (人) DE (人のする動作)で人が動作することを妨げるという意味。ここでは否定形で使われているので「であるにも関わらず」、「であることに変わりはない」となる。それでも4000人のドライバーが交通違反で罰せらたことに変わりはない(だろう)。

2-5. PUNIR DE (理由)で人を理由で罰する。punisが"entre guillemets"なのは、これら罰せられた人々には仕事の都合上、交通規制に違反せざるを得なかったのではないかという筆者の疑問があるからである。

Ⅲ Pourtant, ces "fautifs" ne sont-ils pas d'abord les captifs de leur voiture, n'ayant pas nécessairement eu d'autre choix que de s'astreindre au mouvement pendulaire domicile-travail qui, à heures fixes deux fois par jour, transforme toute la capitale en une gigantesque centrifugeuse ?

3-1. FAUTIF(qui est en faute)だから過ちを犯した人となるが、実際はcoupable(罪人)に比べて緩やかな表現である。「へまをした」ぐらいで丁度いいだろう。

3-2. CAPTIF(soumis à une contrainte; qui a été fait prisonnier)。ここでは後者の意味として捉えたほうがいいだろう。つまり捕虜であり、檻は「自動車」である。

☞fautif, captifで韻を踏んでいることに注意。

3-3. A HEURE FIXEはいつも決まった時刻にという慣用表現。ここでは複数形になっている(往復二回分)。「一日二回決まった時刻に首都圏をまるごと巨大遠心分離器に変える、自宅‐職場間の振り子運動に従わざるを得なかった」。この表現によく注意するとheureに冠詞がついていない。無冠詞名詞の機能についてはフランスの文法学者・言語学者の中でも様々な議論があるようで、仏語学習者にとっては最大の難関のひとつだろう。ここでは以下の論文を参考として挙げておく(pdf)。

http://halshs.archives-ouvertes.fr/docs/00/74/92/85/PDF/Absence_d_article_LLF.pdf

例文を交えながら、無冠詞名詞の機能を統一的に捉えようと試みている。そのなかでも重要な部分を抜き出して以下に掲げておこう:

  "l’article apparaît comme un opérateur d’orientation de l’attention sur le nom qu’il accompagne, alors que l’absence d’article signale que l’attention de l’interlocuteur doit se focaliser sur autre chose. Il faut souligner cependant que cela ne veut pas dir bien évidemment, que le nom sans article est sans importance pour le propos (以下省略)"

この見方にしたがうと、この表現は時刻ではなく別のものに焦点を当てているのだということになる。ここでの別のものとは「いつもその時刻にしていること」にほかならない。一方例えば冠詞付きの「à l'heure」は「定刻通りに」という意味であるが、これは時刻そのものに焦点を当てた表現だからだと理解できる。

☞言語はそれほど正確になんでも説明できるようにはできていないと言う人がいるが、それは違う。ここでは言語を統一的に理解できる枠組みを設定しようと試みているのであって、言語の従うルールを明らめようとしているのではないのだ。新たな解釈の発明(より一般化された)は自然を物理的に理解する上で大切な要素だが、自然言語を理解する上でも有効なアプローチであることに変わりはないだろう。いずれにしても中級以上の学習者は、このように表現単体を見るのではなく、それが埋め込まれる文脈をも同時に吟味しなければならない。こうすることで言語のより緻密で正確な制御が可能になるのだ。

Ⅳ Il est temps de sortir de cette logique, la collectivité et les entreprises ont peut-être un autre rôle à jouer.

4-1. IL EST TEMPS DE (動作)でいま動作すべきとき。

Ⅴ En Île-de-France, 31,9% des actifs ont un temps de transport quotidien de 1 à 2 heures,selon l'observatoire de la santé d'Ile-de-France. Au centre de nos villes, les sièges des entreprises et en périphérie les logements : avec une telle géographie, on le sait, la France est embouteillée. 

5-1. ACTIFSは複数形で「労働人口」のことである。

5-2. PERIPHERIE(les quartiers éloignés du centre d'une ville)街の中心部から離れた地区のことを指す。ここでは街の中心というより地域圏などより大きな単位の中心ととったほうが正しいだろう。

5-3. 文法的難所はないだろうから、おおまかな解釈をつけておく。ひとつの地域圏を例にとるとわかりやすい。つまりひとつの地域圏(たとえばイル・ドゥ・フランス)には複数の市町村が属する。これらの市町村の中心部、すなわち首都圏に企業の本社が集中していて、その周辺部に居住地区があるのだから、必然的に通勤ラッシュによる渋滞が起きやすくなる(embouteillé)ということをいっているのである。

Ⅵ Face à l'explosion des mobilités et notamment celles du trajet domicile-travail, les collectivités ont longtemps privilégié une logique d'empilement d'infrastructures (rail, routes) pour désengorger le réseau.

6-1. mobilitésと複数形になっているのは後続の文をみるとわかるように、複数の交通手段とその利用目的のそれぞれに対して(つまりある特定の経路の)交通の流動性というものを考えているからだろう。この文脈だと文頭のexplosionは急速な増加・発展というよりもそれによって結果的に(交通の流動性が)飽和することを指していると考えるのが自然。

6-2. 筆者の使うlogiqueという語には特別の意味が込められている。つまりlogiqueとは考えの形式的筋道であるから、「型にはまった」地方自治体の論理を皮肉っているわけだ。

6-3. réseauは定冠詞が付いているので交通網全体を指す。交通網の詰まりを除くにはインフラ拡張整備しかないという考え方。

Ⅶ Mais à chaque fois qu'on les facilite, les déplacements se multiplient immédiatement en réponse, ce qui engage l'aménageur dans une course-poursuite infinie.

7-1. A CHAQUE FOIS QUE(文)で毎回文するたびに。faciliterの直前のlesはその後のles déplacementsを指す。つまり「交通整備を行うたびに、それにつれて交通量もまたたくまに増していく」悪循環を指摘しているのである。

Ⅷ Ce cercle vicieux, outre qu'il coûte cher à une collectivité - qui n'a plus les moyens - ne résout pas le problème de fond : l'écart domicile-travail continue de grandir et la ville de s'étaler, avec son cortège de pollution et de mal-vivre.

8-1. OUTRE QUEばかりでなく(~もまた)。この悪循環のために自治体は多額の費用を割いているにも関わらず、問題の根本的解決になっていない。

8-2. s'étalerは訳しにくいところである。ここは「大気汚染による生活環境の悪化を助長するばかり」と意訳するしかないだろう。

☞今回の記事は全体を通して比喩が多い。ある対象を何らかの比喩でもって表現する仕方は言語によって一様でない。外語の特徴の多くが学べるのも比喩からである。