着想メトロ

アイデアとは、世界の捉え方を再構成することで新たな価値を獲得し、さらにそれを経験によって持続させる、一連のプロセスのこと。

言葉は思考する(二)――語彙とコンテクストは不可分なもの

 語彙はゆっくり吸収していくべきものだ。その場しのぎで意味だけ暗記しても、空欄は埋められるかもしれないが、それ以上の進歩はない。

 語彙には大きく分けて二つの種類がある。第一に「自分の語彙」、第二に認識できればよしとする「他人の語彙」である。会話に必要な最低限の語彙はもちろん第一種に属するだろうし、映画特有の慣用表現などは理解できればよく、使えなくてもよいから第二種に属する。このように、ぜひとも修得したい語彙の範囲(つまり第一種に属する語彙の範囲)におおまかな目星をつけておくといい。これは人によるもので、自分の専門や興味のある分野が鍵になるだろう。この区別をせずにただ闇雲に語彙を勉強しても、優先順位が自分の中で定まっていないからどれも中途半端な完成度になってしまう。これは使える表現だ、これは読んで分ればいいな、など、自分で線を引くことは常に意識したい。

 

 ここでは、単に語彙といった場合「ものにした語彙」を指すことにする。つまり受け身に(聞いたり、読んだりして)理解できることはもちろん、必要とあらば能動的に使いこなせる単語、もしくは表現全体を指す。

 語彙にはおもに三つの習得すべき要件がある。第一に正しく発音できること。第二に意味を理解できていること。そして最後に、その単語なり表現なりの適している文脈がある程度わかっていること。三つ目はかなり難しく、複数の例文を参照・比較した上でわかってくるものである。似通った意味をもつ単語でもこれによって区別できることが多い。そこでその語彙を使えるような文脈またはシチュエーションも含めてその語彙の意味としておけば間違いないだろう。すると大まかにいって語彙の習得には二つのステップ

1) 発音

2) 意味

があって、特に後者を時間をかけて丁寧に吸収していくことになる。

 具体的に語彙を増やす方法は、やはり読むことだろう。自分の興味ある分野、話題に関する新聞記事やブログを読んでいくのである。こうすると語彙に強烈な偏りが生まれると思われがちだが、どの分野でも必須語彙というものはよく顔を出すものだから心配無用である。まず学んでいて楽しくなければ意味がないし、学習が続くわけがない。

 

 ここらでこの「言葉は思考する」シリーズの目的を明確にしておく。まずは自分の仏語学習のため。次にそれによって得た語彙(科学を中心とするが、一般の時事問題も取り扱う)に関する知見を記事としてまとめること。よって中級以上の仏語学習者や、一般の語学学習者に役立つ情報を掲載できると考えている。仏語学習のための良質のサイトは数多いが、どれも初級者向けかもしくは「フランス語のためのフランス語学習」嗜好が強過ぎるせいか、語彙にむらがなくしたがって散漫で、かえってなにも身につかない。

 ここでは中心を「科学」に据える。ソースはそのつど言及するが、いまのところフィガロ、ルモンド、ハフィントン・ポストあたりから適当な記事を選んで、レジュメした上語彙を拾い読解してゆこうと考えている。なお全文翻訳はしないし、更新は不定期である。

 基本的な心がけとして、語彙拡張のため、記事の要旨をまずしっかり理解することを目指す。だから記事そのもののおもしろさがあって、それを原動力に語彙を増やすという方針になる。フランスの新聞では最新の科学の成果がよく取り上げられる。各紙専門のジャーナリストを雇っているのだ。ここではその強みを生かして、科学技術の発展・進歩を伝えることもできたらとも思っている。

 

ハフィントン・ポスト(以下Huffpost)から:

Alzheimer: des chercheurs découvrent une protéine qui jouerait un rôle capital dans le développement de la maladie

 アルツハイマー病の原因とみられるタンパク質が発見されたという内容である。もしこのタンパク質を薬剤によって意図的に合成させることができれば、発症を抑えることも可能、アルツハイマー病治療への手がかりとなる可能性をもった発見である。

 全文は上のリンク参照。要旨だけをかいつまんで圧縮したうえ読解していく。なお仏仏辞書としてPetit Robertを随時参照した。これからは以上のことはいちいち断らない。

Ⅰ Une équipe de l'Université de Harvard aux Etats-Unis a mis au jour l'existence d'une protéine dont le rôle serait primordial dans le développement de cette maladie.

1-1. EQUIPE(groupe de personnes unies dans une tâche commune)だから、ここでは研究チームくらいの意味だろう。

1-2. METTRE AU MONDE, AU JOUR(donner naissance à)。ここでは後に続く直接目的語が「存在」であるから「明らかにする」という意味。

1-3. プロテインについている冠詞が不定冠詞単数であることに注意。「(今まで知られていなかった)アルツハイマー病の進行において重要な役割を担うたんぱく質(のひとつ)の存在が明らかになった」のである。

☞定冠詞は具体的で、不定冠詞が抽象的だと考えている人が多いが、事情は逆である。定冠詞を使う場合、多くそれは共通理解を前提とした抽象概念である(「自由」だとか、フランス革命を意味する「革命」など)。もう少し正確にいいうと、参加者のうちで既知情報とみなされるものである。逆に不定冠詞がつくときは、それが新情報であることを意味する。もちろん一般化はできないが、大体はこれで納得できる。また、「水」という単語を例にとると、これに定冠詞がついた場合たとえば「この街の水はきれいでおいしい」などという文脈になるし、部分冠詞がついたら「水を沸かす」だとか「水を買う」という文脈になって、具体的な水の在り方が想定されているのだ。

1-4. PRIMORDIAL(E)(qui est de première importance)だから「一番大事な」、「主要な」くらいの意。つまり「原因と見られる」。なおこの単語はrôleと相性がいい。

1-5. cette maladieはもちろんアルツハイマー病を指す。前文ですでに登場済みであるから指示形容詞を付けてある。

Ⅱ Active pendant le développement du cerveau du foetus, cette protéine est réenclenchée plus tard dans la vie afin de protéger les neurones d'agressions extérieures, à commencer par les effets anormaux de l'exposition à d'autres protéines.

2-1. activeはcette protéineにかかっているから女性形。後続の文章の主語と一致している場合のみこのような主語述語の省略が可能になる。一般にタンパク質は、ある条件が満たされるとメッセンジャーRNAを仲介としてその合成が開始される。この合成スイッチのON状態をactiveとしたのだろう。つまり胎児の脳が発達している段階においてオン状態、その後オフ状態となり、再びある段階でオン状態になるということを言っているのである。

2-2. ENCLENCHER(faire fonctionner un mécanisme en faisant intervenir l'enclenchement) enclenchementとはある機構を構成するパーツを連動させる装置のことであるから、ここではそういう機構を「始動する」という意味である。ただし動詞の頭に接頭辞réがついているから「再び」という意味もつく。さらに過去分詞型となり形容詞的に使われているので、これは動作というよりも状態に近い。よってさきほどのオン「状態」という解釈がしっくりくるだろう。機構とはここではタンパク質合成のための一連の過程であると読める。

2-3. dans la vieという部分は訳しにくく理解に困難はない典型的な例である。一生のうちのある時期に、くらいでいいだろう。

2-4. PROTEGER (保護するもの) DE (何から保護するか)

2-5. A COMMENCER PARは~を始めとしての意。ここでは「外部の脅威」の例を挙げているわけである。

2-5. その後に続く文章は理解しにくいところである。EXPOSER A(disposer de manière à soumettre à l'action de)に注意すると、これは何らかの作用の下にさらすという意味であるから、「神経細胞とタンパク質の接触による異常反応」と理解できる。異常反応の内容は定かではないが、ともかくこのような事態を回避すべく問題のタンパク質が生成されるわけだ。

Ⅲ Or REST (pour RE1-Silencing Transcription factor) est absente chez les personnes atteintes de la maladie d'Alzheimer ou de légers troubles cognitifs.

3-1. RESTはタンパク質に与えられた呼称である(その由来はすぐあと)。

3-2. troubles cognitifs は「認知障害」。アルツハイマー病疾患者や軽度の認知障害を患っている人々にはRESTが見当たらないというのである。

Ⅳ Les cerveaux des jeunes adultes âgés de 20 à 35 ans contenaient peu de protéine REST. En revanche, ceux qui avaient entre 73 et 106 ans en avaient beaucoup. Et ces niveaux augmentaient à mesure que les personnes vieillissaient tant qu'ils ne développaient pas de démence.

4-1. 「脳」にあたる単語cerveauが複数形になっている。ここでは、誰もがもっている「脳」ではなく、被験対象となった若者の脳それぞれに焦点をあてて、それらの脳はすべて、という形で後に続けている。その後のniveauについても同じで、指標としてのREST保有率という意味では万人に共通だが、それを複数形にしているのは個人個人に焦点を当てて、ある種結果を統計的に見ているからだろう。

4-2. A MESURE QUE(à proportion que, en même temps que(progression dans la durée))とあるから「につれて次第に」という意味。従属節は直説法。ある期間内でのある量の変化に応じて、ということ。ここでは年齢を重ねるにつれてREST保有率も上昇するといっている。

4-3. TANT QUE(aussi longtemps que)「~限り」という意味。従属節は直説法。認知症の進行が認められない限りにおいて。

Ⅴ Chez les malades d'Alzheimer, le nombre de REST diminuait drastiquement dans des zones critiques du cerveau telles que le cortex préfrontal et l'hippocampe, responsables de l'apprentissage, de la mémoire et de l'organisation.

5-1. CHEZ(dans le pays de; en la personne,dans l'esprit, dans le caractère de)このようなchezの使い方は非常に頻繁であるから覚えておくと便利である。単に誰々の家に(で)という意味だけではない。

5-2. TEL QUE(servant à présenter un exemple ou une énumération)つまり例を挙げたり、列挙したりするときに使う表現である。ここではzonesにかかっているので女性複数形になっている。人間の学習、記憶、組織化を司る前頭葉や海馬のような。ここでいう組織化とは自己組織化(自立的に秩序を生みだすこと)のことを指すのか。あまり明確でない。

Ⅵ Selon les chercheurs, l'étude suggère qu'un niveau élevé de protéines REST permettraient à une personne de résister à la maladie d'Alzheimer. 

6-1. chercheursに定冠詞が付いているのは、「RESTタンパク質の存在を明らかにした」研究チームに属する研究者という意味だから。

6-2. SUGGERER(faire naître une idée, un sentiment dans l'esprit)すなわち「示唆する」という意味。この研究は~を示唆する。

6-3. PERMETTRE A (人) DE (動作)で人に動作することを可能にさせる、という意味。しょっちゅう出てくる表現である。 

6-4. 動詞résisterが使われていることに注意。「治す」のではなく「発症または進行を遅らせる」ことができる(かもしれない)という意味である。

☞条件法は新聞記事などで多用される。判断や見解に慎重さを加えるためのお決まりのようなものである。

Ⅶ Publiée mercredi 19 mars dans la prestigieuse revue Nature, cette étude pourrait contribuer à renouveler notre manière de considérer les maladies neurodégénératives.

7-1. 日付や場所は文頭におくのが原則である。

7-2. prestigieux(se)は「権威ある」の意。あのネイチャーだからこの単語の意味もよくわかるだろう。

Ⅷ Plutôt que de se concentrer sur les modifications qui provoquent la maladie, les chercheurs se sont intéressés aux points faibles du système de défense du cerveau.

8-1. PLUTOT QUE (文1), (文2)は文1よりもむしろ文2という意味。研究チームは発症に伴う諸々の変化に焦点を当てるのでなく、脳の防護システムの欠陥そのものに関心の的を絞った。

8-2. système deのあとは無冠詞である。これはシステムという言葉それ自体が、後続の単語と強く結び付く性質を持っているからだろう。

Ⅸ "S'il s'agit d'une étude préliminaire, elle ouvre un boulevard qui n'a pas été considéré jusqu'alors", surenchérit le docteur Eric Reiman.

9-1. il s'agit deは訳しにくい構文であるが、ここでは「として」くらいでいいだろう。先行研究として。

9-2. OUVRIR UN BOULEVARD A(lui offrir des occasion à son avantage)。この文も意味はわかるが訳しにくいところだろう。boulevardは大通りという意味だから、「後続の研究の足がかりになる」。

9-3. jusqu'alorsは過去のある時点までに、ということだから「いままで考えられなかった」ぐらいでいいだろう。

9-4. SURENCHERIR(faire une surenchère)ということだから、「値打ちを上げる」つまりこの場合「評価する」という意味。

 

現代フランス広文典

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