着想メトロ

アイデアとは、世界の捉え方を再構成することで新たな価値を獲得し、さらにそれを経験によって持続させる、一連のプロセスのこと。

人間

 飛行機の中では特にすることもないので、寝るか、読み物をするか、映画をみる。

 渡仏中に機内で三本ほど映画を観たのだが、そのなかでもおすすめなのがChaplinの『独裁者』で、ナチズムによるユダヤ人の弾圧がテーマ。重いテーマにも関わらず作品全体は非常にコミカルで、笑いをこらえられない。チャップリンの「馬鹿げているでしょう。ただこれは実際に起きたのですよ」という声がきこえてくる。

  最後の演説は完成度が高い。急速に機械化していく人間を否定し、平和な世界を「ヒューマニズム」のなかに見出す。


Greatest Speech Ever Made Charlie Chaplin The ...

 ところでぼくはこういう何々主義的な言葉が嫌いだし、彼が主張した世界は主義というほど大それたことではない気がする。「人間であることを忘れないこと」、これは常識なようであってそうではない。人間は忘れる動物だが、忘れるからこそものを憶えることもできる。当たり前過ぎて意識にのぼらないようなことでも、意識の上に表象することができる。

 なぜ人間であることを忘れてはならないのか。それはいまや人間がこの世界の「独裁者」になりつつあるからだと考える。地球規模の操作を簡単にできるほどの力を持つのが人間なのだ。これほどの力を制御するにはまず、それを自覚しなければならない。その上で、人間であることをもう一度考えてみる。人間は巨大な力を持ったひとつの生物種だ。ではこの力はどこから生まれたのか。地球からだろう。地球からの借り物だろう。事実、「科学技術」は自然を壊すことによって生まれている(『人間の建設』参照)。人間はなにかを生み出す力はもっていない。しかしいろいろなものを壊してばらばらにし、再構成する力はもっている。創りかえることができる。

 そうして得た力をつかって人間は思い通りの便利な世界を築き上げてきた。その次のステップは、この力の制御である。自分の力に自覚のないのは子供までであり、大人はそれを制御しなければならない。具体的には、環境に与える負荷がどれほどなのかを調べ、地球の自然回復力を上回らないようにしなければならない。

 こうした頂点(これは種としての頂点ではなく、周囲に及ぼす影響力において)に立つ者の責任と自覚を、わかりやすい形で伝えたのがこの映画だとぼくは思った。こうして彼の演説は、環境(もしくは地球)と人間という普遍的な枠組みのなかでも指針となるアイデアを提供してくれるのだ。

独裁者 [DVD]

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人間の建設

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